第6話 聖女レナ①

 検証の結果判明した、青字で示される人物は三人。


 槍使いのファラン、弓使いのニック、剣士のブランドンだ。


 だが、同時に二人以上加入させた場合、全て黒字となる。

 おそらく、この中から一人選ぶ、ということなのだろう。



 最初に候補から外したのは、剣士ブランドン。

 俺と役割が被るし、申し訳ないが彼の剣技は俺より数段劣る。

 あえてパーティーへ加入させるメリットを感じなかった。


 槍使いファランと、弓使いニックは、どちらも有能なパーティーメンバーだ。


 ニックのスキルは『飛竜眼』。

 かなりレアなスキルで、遠くを見る事はもちろん、動くものに対しての反応、つまり動体視力がずば抜けている。


 同時に加入させると黒字だとわかった周期では、俺、ファラン、ニックの三人でパーティーを組んだ。

 近距離、中距離、遠距離でそれぞれが機能し、かなり安定感のあるパーティーだった。


 実際、勝てはしなかったものの、魔王城への道を守る、あの魔人に初めて手傷を負わせることに成功したのだ。

 黒字になるのが不思議なほどだ。


 だが、もっと安定感が増すスキルの持ち主がいる、ということだろう。


 その後、ファランとニックを交互に加入させながらも、まだ見ぬ強力なスキルの持ち主を探す日々が続いた。







「クソ、まただ!」


 二十七回目。

 俺はまた戻ってきた自室で思わず叫んだ。

 パーティーを立ち上げてから、何の進展もない。


 相変わらず魔王の元まで辿り着くこともできず、その手前で結局殺される。


 俺はウンザリしていた。

 五年を、二十六回。


 百年以上だ。

 終わらない負の連鎖。


 この間、色々試した事もある。


 このスキルの事を人に話し、相談する事。

 だが、これはダメだった。

 他人にこのスキルの存在を明かすと、その時点で黒字で


「『導』の秘密を他者に漏らす」


 と記されてしまう。

 スキルを他者に知られるのは御法度、ということだ。




 自殺を考えた事もあった。


 しかし


「諦めたら、この取引はなかった事になる」


 クロのその一言が、俺を踏みとどまらせた。

 そして何よりも、俺の肩には、背には、本来の歴史で失われる人々の命が乗っているのだ。


 それを知らなければ、もう諦めていたかもしれない。


 シロの忠告を思い出す。


「耳を貸すな」


 この忠告に従っていれば、という後悔が頭をよぎる。

 だが、もう俺は知ってしまっている。


 五年で失われる人々の命、その大きすぎる荷は、いまさらもう下ろせない。


 




 それでも、俺は追い込まれていた。


 なんせ百年もの間、なんの進展もないのだ。

 その間、自らをとことん鍛えようとしたこともあった。


 それこそ、すぐにでも剣聖への覚醒を果たし、一人でも魔王を倒せるくらいに、と。


 しかし、どれほど鍛えようとも五年経てば、あの夜に戻ってしまう。


 もちろん戦闘の経験自体は無駄ではないが、肉体的な強さは鍛え上げる上限があるのだ。


 父が剣聖へと覚醒したのが二十三歳。

 そこから考えるに⋯⋯俺が二十歳までに剣聖に覚醒する、という事自体無理なのだろうと結論付けた。


 旅に出ない、そんな選択をしてみたこともあった。

 だが、それはすぐ「家に残った」と黒字が記され、その後は国に徴兵され、結局二十歳の時に魔王軍との戦いに駆り出され、そして殺された。




 定められた死。

 何度味わっても慣れない。


 戻るだけとわかっていても、痛みは伴う。


 ある時は首を斬られ、ある時は魔王軍の虜囚として獄中で嬲られ、激しい拷問の末殺される。


 無理だと半ば理解している中、仲間を俺に付き合わせて失意の中で死なせる。

 俺のパーティーに入りさえしなければ、彼らが苦しむ事も無かったのではないか。

 その罪悪感が常につきまとう。


 

 もうやめたい、何度も思った。



 ──その度に思い出すのは、父と師の無念。

 そして何よりも、形見の剣を抱き泣く母を目の当たりにした、幼き日の自分。


「魔王は俺が殺す」


 そう誓った自分は、裏切れない。

 幼年の自分自身を「あの頃は子供だったのだ」そんな言い訳をして、裏切りたくない。


「いつかお前も現実を受け入れるさ」


 そんな、イグニスの言葉が脳裏に蘇ることもあった。

 そんな弱気を振り払うために、何度も「導」に書かれた文字を見直す。


「本書は使用者を『魔王の死』という結末へと導く」


 この言葉と、尊敬する二人への想い、在りし日の自分に背中を押してもらい、何とか繰り返しの日々を歩いた。



 早く、早く。

 頼む、頼む。

 次の赤い文字を目にしたい。


「早く浮かんで来てくれ」


 その言葉を、心の中で祈るように繰り返した。



 


 だが、やはりそこから進展しない日々。

 諦めこそしないとはいえ、俺はかなりウンザリしていた。


 手がかりがない。


 パーティを立ち上げ、取りあえずいつも通りに槍使いのファランを加入させて数日。

 何か手がかりはないか、と、他の文字が浮かんでくるきっかけを探すため、俺は町を散策していた。


 それまで、あまり訪れたことの無かった区画に、寂れた教会があった。


「神にでもすがってみるか」


 そんな全くの思いつきで、俺は教会に入った。


 門から本堂まで、あまり広くはないが庭のある造りだ。

 庭では数人の子供が、何かの作業をしている。


 どの子もやせ細り、健康状態は悪そうだ。


 魔王によってこの国は荒れた。

 両親が殺される、生活に困窮した親が捨てる、などの理由で孤児は多い。


 おそらくこの教会では、そんな孤児を受け入れているのだろう。


(早く魔王を倒し、こんな状況を改善せねば⋯⋯)


 そう思って彼らを見ていると、声をかけられた。


「あの⋯⋯当教会に何か御用ですか?」


 声をかけてきた人物を見ると、俺と同じくらいの年齢の少女だった。

 清潔ではあるが、ややくたびれた、使い古しのシスター服に身を包んでいた。


 整った顔をしているが、その瞳からは少し不信感というか、怯えのようなものを感じた。

 冒険者が訪ねてくるなど、珍しいのかも知れない。


「いえ、特に用というわけでは⋯⋯少し人捜しをしてまして。神のご加護にでも縋ろうかと」


「人捜し⋯⋯ですか?」


「はい。魔王打倒のために必要な人材を捜しています」


 俺が告げると、彼女は眉をひそめた。


「⋯⋯魔王を倒すための、人材?」


「え、ええ」


 少女はややたじろいだような⋯⋯瞳にはさらに怯えのような雰囲気を滲ませながら、後ずさりするように少し俺から距離を取った。


 変なことに関わりたくないと、思われたのか?

 

 多少、彼女の態度に居心地の悪さを感じ、少しばかりの寄進を済ませ、俺は宿へと帰った。



 

 このころには、一日の最後に『導』を確認するのが習慣になっていた。

 文字が追加される事など殆どないが、


『この本は魔王の死、その結果を導く』


 という一文を見て、明日への活力とする。


 ベッドへと横たわり、本を見上げながら、この日も、そんな気持ちで本を開いたのだが⋯⋯。


 俺の目に、予想もしなかった赤文字が飛び込んで来た。


『聖女レナとの邂逅』


「聖女!」


 思わず叫びながら、俺は横たえていた身体を、飛び上がるように起こした。

 興奮から、本を持つ手が震える。


 書かれている文字を震える指でなぞりなから、まるでその邪魔をするように、心臓の拍動がどんどん強くなるのを感じる。


 心臓に呼応するがごとく、ハァハァと荒くなる呼吸を何とか抑えていると、次第に震えと鼓動は治まってきたが、俺の興奮は続く。


 『聖女』は、いうなれば伝説の存在だ。


 過去には、今俺が討伐を目指しているのとは別の魔王がいたという。

 『過去、魔王を倒したパーティーにいた』とか、『人々を疑心暗鬼にいざない、互いに争わせた正体不明の悪神を封じた』など、数々の逸話を残す存在、それこそが『聖女』スキルの持ち主。


 存在自体が疑問視される『剣神』や『神眼』に並ぶ、超絶スキル。

 魔王討伐に必須の人物、そう考えて間違いないだろう。


 そして、今日出会った中で思い当たる人物は、教会の少女。

 彼女をパーティーに加入させる、それが魔王討伐の必須条件。

 そうとしか思えない。


「やった、遂に、遂に、次に進める⋯⋯!」

 

 俺は確信した。


 ⋯⋯今思えば、考え足らずで安易だった。

 彼女の態度から、何かしらの事情があることを察しなければならなかったのだ。

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