俺は何度でもお前を追放する~ハズレスキルがこのあと覚醒して、最強になるんだよね? 一方で俺は没落してひどい最期を迎えるんだよね? 知ってるよ、でもパーティーを出て行ってくれないか~

長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中

本編

第1話 俺は何度でも追放する

「ノノア、悪いが出て行ってもらう⋯⋯君は、追放クビだ」


 今日の滞在先となった宿の食堂で俺が告げると、ノノアは驚いた表情を浮かべた。

 当然だろう、それは彼女にとってみれば晴天の霹靂ともいえる、突然の宣告。


 ⋯⋯といっても、俺を含めたここにいる全員、「晴天」など知らないわけだが。

 知っているのは、言葉だけ。


 とにかく突然の事に、彼女は動揺を隠せない様子だった──毎度のように。


 笑顔と戸惑いを混ぜたような表情で、黒い瞳を不安に揺らしながら、それでもその視線は真っ直ぐと俺に向けられている。

 これは悪い冗談か何かで、すぐに俺が撤回することを期待してるのかもしれない。


 だが、俺の表情からすぐに言葉の真偽を察したようだ。

 彼女には、それが出来る観察力が備わっている。


「ま、待ってよエリウス、そんな、突然⋯⋯わたし、何かした? 追放だなんて、そんな⋯⋯」


 動揺し、震える声色で俺の名を呼び、ノノアはそのまま言葉を続けようとする。


 それを遮ったのは、パーティメンバーであるレナの言葉だ。


「ノノアさん。あなた、ご自分が足を引っ張ってるってご自覚は?」


 レナの指摘に、ノノアはムッとした表情で反論した。


「確かに戦闘面では役に立ってるとは言えない⋯⋯でもその分、パーティ運営に不可欠な『会計』の面では、十分役に立ってるわ! あなたの為に行う教会への寄進の費用を捻出するのに、私がどれだけ苦労したことか!」


 ノノアの事実を含めた指摘が不満だったのか、レナは顔を紅潮させて叫んだ。


「貧しき物に施す、それは持つ者の努めです! 恩着せがましく言われる覚えはありません! それに寄進は、私とエリウスが約束したことなのです、あなたに非難される覚えはありません!」


 これはレナの言う通りだ。

 彼女が身を寄せていた教会への定期的な寄進の約束、それが彼女のの一つだ。

 とはいえ、その費用を捻出しているのは会計のノノアだ。

 だから本来、レナは彼女に感謝してもいいはずだ。

 だが、彼女がそれを認めることはない。


「ほかのパーティは、わざわざ専門の会計なんて雇わなくても上手くいっています! それに私は貴女と違って『聖女』、聖女のスキルなのですよ!? 唯一無二の!」


「う⋯⋯」


 スキルのことを持ち出されては旗色が悪いと感じたのだろう、ノノアは押し黙った。

 レナのスキル『聖女』は、自慢する通り、唯一無二。

 様々な逸話、伝説に登場する『天授型』でも最高峰のスキルだ。


「で、でも⋯⋯」


 それでもなんとかノノアが言葉を続けようとするも、今度はパーティの槍使い、「豪槍」のスキルを持つファランが呆れた様子で話を被せた。


「お前さぁ、『会計』なんて戦闘に役立たずのスキルで、このSランクパーティ『竜牙の噛み合わせ』に今後も居座ろうって魂胆か? お得意の算盤を弾いた結果ってか?」


「そ、そんな言い方しなくても⋯⋯戦闘に関して足を引っ張ってる、それは、私も認めるわ、でも⋯⋯!」


 ファランの言葉は、別段大きく間違っている、という事でもない。

 冒険者パーティーにおいてはそれぞれに役割分担がある。

 だが、冒険者稼業においてどうしても外せないのが『戦闘』だ。


 俺が生まれた年、『魔王』と名乗る存在がこの国に現れた。

 魔王はこの国を黒雲で塞ぐことによって国力を衰退させ、魔人やモンスターを使役して支配地域を拡大した。


 魔王出現前は、『商人』や『鍛冶』といった、非戦闘職系のスキル持ちが冒険者パーティーに加入する事も珍しくはなかったと聞く。

 だが、最近では『戦闘技能+α』というのが当たり前で、戦闘に適したスキル持ちでないとお払い箱になる事は珍しくないのだ。


 そんなスキルは主に三種類に分類される。


 成人の儀式によって、家系やそれまでの行いによって神に与えられる『天授型』、自ら研鑽して身に付けた『取得型』、天授型と取得型がシナジーを発揮して強化される『覚醒型』だ。


「いや、お前を責めるわけじゃねえ、だけどよ、神様が『会計』なんてスキルをお前に与えたのは、戦う為じゃないんじゃねぇか、ってことよ。俺の優しさわかってくれよ、な?」


 一転、諭すように言うファラン。

 一方俺はやり取りを黙って聞いていた。

 何故ならここで俺が何か言うのは、重要な『因果フラグ』ではないからだ。


「確かに今は私、戦闘の足を引っ張ってる、何度も言うようにそれは認めるわ。でも、分配金は全部つぎ込んで、休みの日には訓練所に通ってるし、何より⋯⋯、もう少し、もう少しで、何か掴めそうなの!」


 そう。

 ノノアは色々な意味で『あと一歩』の所まで来ている。

 いや⋯⋯俺が『』。

 ──だからこそ。


「ノノア」


 俺が声を掛けると、ノノアは整った顔立ちに不安を滲ませ、縋るような表情を浮かべる。


 ⋯⋯何度見ても慣れない。

 いや、慣れたくない、慣れてはいけない、とさえ思う。

 だが、これは⋯⋯避けられない『因果』なのだ。


「君がどう言おうと、パーティーのリーダーとしての、俺の決定は変わらない」


 俺が厳しさを込めた声色で再度告げると、ノノアは諦めたようにうなだれた。


「急な追放だが⋯⋯とりあえず最低限の金銭、道具は渡す」


 俺が言うと、レナがまた不満げに声を上げた。


「え、彼女に餞別を差し上げるくらいなら、教会へと寄進をした方が⋯⋯」


 まだまだ続きそうなレナの言葉を手で制しながら俺は言った。


「俺たちはSランクパーティーだ。いくら役立たずだったとはいえ、着の身着のままで仲間だった人物を放り出したとなれば、外聞も良くないと思ったのだが⋯⋯まあ、そんなこと気にしなくてもいいか⋯⋯そうだな、レナの言うとおり⋯⋯」


「えっ、ちょ、ちょっとお待ちになって⋯⋯確かにそうですね。一時とはいえ仲間だった者に、何の施しも与えずとなれば、それは神の御心に反しますわね」


 ふう。

 レナは、外からの『聖女』としての見られ方には異常に気を配る。

 今回はそこを突いてみたのだが、上手くいった。

 これで餞別を渡せる。

 といっても、どこまで役に立つかは分からないが⋯⋯。


「取りあえず大した金額じゃない、それに低級にはなるが傷薬だ。受け取れ」


 そう言って、俺は用意してあった小瓶へと、大瓶から傷薬を注いで渡した。

 その様子を見て、レナは口元を隠し、笑いを堪えながら言った。


「それ低級の傷薬じゃないですか。エリウスは意地悪ですね。でもノノア、貴女にはお似合いかしら?」

 

 聖女とは思えないレナの嘲りの言葉。

 普段の彼女はこうではない。

 この態度は、だれに対しても、というわけではない。


 ただレナは、ノノアに対してだけは強く当たる。


 スキルなんて所詮は技能。

 それで性格は変わらない。

 そんな言葉は無視し、ノノアは黙って金銭と傷薬を受け取り、建物から出て行った。



 





 ノノアの追放劇は終わり、俺は部屋に戻った。

 一人になった事を確認し⋯⋯と言っても、このタイミングで誰もこの部屋を訪ねてこないことは既に何度も経験しているが。

 とにかく俺はスキルを発動した。


「『しるべ』」


 俺が呟くと、右手に本が出現する。

 本は百十五ページ。

 俺が「繰り返した数」だ。


「百十五ページ」


 指定すると、本のページがパラパラと自動的にめくられる。

 最終ページが開かれ、そこに追加された文言を確認した。


『ノノアの追放(餞別あり)』


 と、彼女の名前と追放の部分は赤文字で、餞別ありの部分は青い文字で書かれている。


 この餞別あり、の部分は新発見だ。


「お、どうやらそれなりの因果フラグだったようだ⋯⋯やれやれ」


 成人の儀式で神から与えられる『天授型』のスキルは、通常であれば一人一つだ。

 だが、皆には秘密にしているが、俺には二つのスキルがある。

 一つが「剣豪」、そしてもう一つがこの「導」だ。


 剣豪のスキルは、剣で戦う上での技量や才能を総合して表している。

 剣にまつわるスキルは「戦士」「剣士」「剣豪」「剣聖」の四つで、戦士が大体千人に一人、剣士が一万人に一人、剣豪は十万人に一人、そして剣聖は世界に同時代で一人か二人、下手すればいないことも珍しくないほどの才能、技量の持ち主だ。


 さらに上、過去には「剣神」が存在したとも噂されているが、実際に確認されたという記録は残っていない。


 つまり事実上、剣にまつわるスキルは「剣聖」が最高峰ということになる。

 現在、その剣聖も存在は確認されていない。

 だが、俺は過去に剣聖に会った事がある。


 ⋯⋯魔王に殺された俺の父こそが、剣聖だったのだ。


 そんな剣聖ほどではないが、俺のスキルである剣豪もかなり強力なスキルだ。

 攻守共に優れたスキルで、それを駆使し、歴史に名を残すような猛者も多数いる。


 だが⋯⋯足りない。

 足りないのだ。


 それはもう一つのスキル、「導」による。


「一ページ」


 俺は再度ページを指定し、そこに書かれた文を見る。


「本書は使用者を『魔王の死』という結末へと導く」


 と書かれている。


 何度も繰り返し見た、その文章。


 最初は興奮した。

 しかし次第に、騙されたと思うようになった。

 それでも、俺は何度もこの文章を見て、決意を奮い立たせる。


 魔王の死と共に──このくだらない繰り返しを、絶対に終わらせてみせる、と。


 そう、このクソったれな本は、魔王の死、その時まで俺を永劫繰り返す運命に縛り付ける──「あの男」にかけられた、呪い同然の存在なのだ。

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