スプーン投げ山姥
ニュートランス
第1話
「また落ちた……」
大学7年生の伏見晶はパソコンの前で落胆していた。
人生一発逆転を掛けて毎年受けている司法試験は、その倍率と難しさからまだ一回も受かったことがない。
そして今日、俺はその敗北スコアボードに1点追加する結果となってしまった。
受かる気がしなくても、大学を留年しまくっている俺に残された道はない。
絶対に受かって、弁護士になって、人生を変えてみせる……と意気込むのはいいのだが、1年間頑張ってきた試験に落ちるとショックが大きい。
俺は気分転換にでもと外へ出かけた。
──今は午後の4時、夕焼けの中カラス声やチャルメラの音が傷心している俺を出迎える。
もう立ち直りつつあった俺の精神は、更なる回復を求めて、この町で1番景色がいい公園へと向かった。
その場所は相変わらず山奥で、町全体が見渡せる程の絶景スポットにも関わらず人が居ない。
俺は半ば貸切状態で近くのベンチに腰掛けた。股を大きく開き、踏ん反り返るようにして座る。
ふと上を見上げると、複数のカラスが夕日に照らされ、まるでショーかのように縦横無尽に飛び回っていた。
俺も翼があればどんなに幸せだっただろう。正直、勉強だけで人生が決まるこの世界は嫌いだ。
「俺も鳥になって自然の摂理に従いたい……」
そんなキモい言葉を吐き捨てていると、上を向いていた俺の視界から長い髪の毛の老婆が顔を覗かせてきた。
「やあ少年」
「うわっ……⁉︎」
俺は老婆の不審さから瞬発的に距離を取った。老婆は上半身に安っぽいおもちゃの翼を括り付け、下半身は──何も着ていという限りなく不審者に近い格好。我ながらナイス判断だったと思う。
老婆は「そう警戒するでない」と言った後、一瞬にして目の前から姿を消す。
何処に行ったかと思うと、俺は何者かに肩を叩かれた。
「残像じゃよ」
「ぷぎゃああああ‼︎」
俺は反射的に老婆を力強く殴ってしまう。身についている防衛本能はかなり優秀なようだ。
「あんた! 何すんだい!」
「なんじゃ今の技! 何普通に人知超えてんだよ!」
「まあまあ落ち着いて、おばさんと少し話そうや」
そう言って老婆はベンチに座るよう促す。そんな老婆に俺は質問を投げかけた。
「なんで半裸なの……?」
「色々あった。それより──」
「ちょちょちょちょ」
そのあまりに不自然な話題変えに俺は間髪入れずツッコミを入れる。
「色々て、省略しすぎでしょ」
「うるさいわい! お前さんは黙って私の助言を聞いとけばいい!」
老婆はそう言うと、突然目にも止まらぬ速さで俺の額に指を当ててきた。
するとお婆さんが触れた場所から、段々と感覚が無くなっていき、気付けば自分の意志とは関係なしに体が勝手に動き出したのだ。
「何をする……」
「大丈夫。私の助言を聞いたら直ぐ解放してあげるから」
結局俺はベンチに縛られる形で老婆の話を聞くこととなった。
「はあ、やっと次へ進めるよ。あんたみたいな往生際が悪い奴は初めてだ」
「多分誰でもそうした」
「改めて伏見、君は今悩みがあるのだろう? 難しい試験に中々受からないらしいじゃないか」
「っ……、何で名前を知ってんだ? それに試験のことも」
老婆とは此処で初めて出会ったし、名前も、身の上話もしていない。それなのに老婆は知っていた。まぐれという事はないだろう。
「おばあちゃんネットワークを舐めちゃいかん。この辺のことは何でも知ってんだよ」
「そういうものか?」
「ああ、そんなもんだ」
「俺、司法試験止めた方がいいんですかね。どんなに努力しても受かる気がしない」
不審者のような老婆に、気付けば身の上話をしていた。普通の俺であれば警戒して全く喋ろうとしない筈なのに、何故か老婆からは敵意が感じられないというか、まるで何年も寄り添ってきた友達のような感覚で喋れていた。
「お前さんは、匙を投げるという言葉を知っているかい?」
「は、はあ、」
「それじゃあその投げた匙は誰が取るんだい?」
「は……?」
老婆の意味不明な質問に、俺は目一杯首を傾げる。取り敢えず俺は適当に「お母さん?」と答えた。
「いいや違う。答えは誰も取ってくれない、だ。それも投げた本人が拾う可能性は少ない。よって匙は持ち主に帰ってこない。そのまま放置されてしまうんだ」
頭にずっと浮かんでいるクエスチョンマークを掻き消しながら、老婆の話を聞いていく。
「それじゃあこれを人間に置き換えよう。匙を投げるのが君、通行人を司法試験受験者と例えようか。君が1人匙を投げたとして、誰もそれを止める者はいない。試験での敵が減るんだからね。それは他受験者が得しかしていないだろう?」
「はあ」
「《スプーン》匙の1杯は少ない。だから成長しているか分からなくなってしまう。でもだ、確実に少しずつ成長しているということは忘れないでくれ。諦めたらダメだ」
「前置きはよく分からなかったですけど、今のは少し為になった気がします」
「そうだろう、そうだろう」
「最後に1つ聞いていいですか?」
「ああ。何でも質問してくれ」
「どれくらい勉強したら合格できますか?」
「そりゃあ、匙加減でいいんじゃないか?」
「上手いこと言わんでええねん」
老婆と話している内に、俺の悩みはもう吹き飛んでいた。
不思議な不審者である老婆は、いい奴ではあるらしい。
「あのー、そろそろ解放してもらっていいですか?」
「ああ、すまんすまん」
その瞬間俺の身体は一気に解放され、今まで身動きの取れない状態であった為、人生で1番と言っていい程の開放感が感じられた。
俺は服についた埃を払い、ふと公園を見渡すと、そこには数人の子連れ親子が遊具で遊んでるではありませんか。
「ばばあ隠れろ!」と諦めの中後ろを振り返ったが、老婆の姿はどこにもなかった。
スプーン投げ山姥 ニュートランス @daich237
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