太郎さんの異世界備忘録

むぎさわ

太郎さんのとある1日

この物語は異世界召喚されたのに捨てられて、ある人に拾われたおっさんの自由気ままな日の日記である。



太郎さんは今日も黒船の呼鈴と呼ばれる面々と旅をしていました。太郎さんは操縦士兼整備士なのです。


「今日もぼくちんの日がやってきたなぁ」


その腕を買われているのですが、黒船の呼鈴というチームのリーダー以外の人物からは忌み嫌われていました。それは太郎さんが自我共に認める変態だったからに他なりません。


「月女ぇ、ぼくちんとあーそぼぉ」


「え? やあああぁぁっ!?」


「ぐげべっ!?」


太郎さんはとある金髪の幼女に近寄りました。しかし、彼は鞄で殴られました。差し詰めサンドバッグが如く。


「つ、月女に近付かないでっ!」


それもそのはず、太郎さんは全裸。月女つきめという女の子は目に涙を浮かべながら走り去ってしまいました。


「照れ屋だなぁ……うへへ」


太郎さんは彼女にそんな仕打ちを受けてもニヤケ顔。さすが伊達に変態と呼ばれていません。



「アルフぅ? 何してるんだぁ?」


「何って契約済みの魔石の手入れを――って太郎!?」


アルフと呼ばれた白銀の髪色をした青年は百を優に越える魔法石を綺麗に丹念に磨いていましたが、太郎さんが現れるやいなや、一つの魔法石を持ったままでさっと距離を取りました。実はこの方、過去に太郎さんに襲われかけたことがあるのです。性的な意味で。


「なんだぁ? 逃げるなよぉ」


「ち、近寄るな! 氷雷槍!」


「なぁ!? ひ、ひえええぇぇ!!」


太郎さんはアルフという青年にじわじわと近寄りましたが、アルフ青年の魔法の氷で作られ、それに雷が帯びた五本もの槍に追われて部屋を出ました。出たところで槍は消滅。部屋に鍵が掛かる音がしました。


「まったくぅ……ツンデレだなぁ」


太郎さんに掛かればこれらの言動は照れ屋やツンデレという言葉ですまされてしまうのです。



「今度は何処行こうかなぁ……」


「おや? 君は確か、変太郎」


そんな太郎さんの前に現れたのは深緑色の髪に眼鏡を掛けた博識そうな風貌の男性でした。


「おおセルターかぁ……」


「私の名はセルターンだ。間違わないでもらいたいね、変太郎くん」


セルターンと名乗った青年は眼鏡の位置を人差し指と中指で直しながら不服そうに言いました。



「ぼくちん、興味ないことには無頓着なんだぁ……じゃーなー」


太郎さんは持ち前の短足で走り去っていきました。その後、四人の女性陣に向かっていったのですが、ことごとく敗北。何故ならこの黒船の呼鈴、戦闘時以外では女性陣が皆、強かったのです。


「うへぇ……なんでぼくちんがこんな目に」


太郎さんはボロボロで黄昏れていました。さすがの太郎さんも女性陣に一気に拒絶されてはひとたまり もありません。


「何やってんだ? こんなところで。なんか、いやに騒がしかったみたいだが」


「アークぅ……ぼくちん、もしかして嫌われてるのかぁ?」


「今更だな。まあ、嫌われてるんじゃないか?」


「うぐぅ……ストレートすぎるぞぉ!」


太郎さんの前に現れたアークと呼ばれた青年は今までの誰とも違い、まるで昔からの友人のように素直に太郎さんの問いに答えました。


「ははははっ、まあ大丈夫だろ」


「何がだよぉ……」


「お前がここにいてもさ。本気で嫌われてるなら、とうにこの船から降りてるだろうしな」


「わからないいぃ……」


太郎さんは頭を抱えます。元々、太郎さんはシリアスに物事を考えるのは苦手な方なのです。


「まあまあ、これを読んで元気出せ」


「? こ、これはぁ、エロ同人っ!!」


「なんだかよく分からないが、お前、これを欲しそうに見ていたからな。やるよ」


「い、いぃ良いのかぁ!?」


太郎さんはアーク青年より何やら如何わしい本を受け取って、ぷるぷると震えながら言いました。


「あぁ、元々はお前にやるために買った物だからな」


「あ、ありがとぅ、アークぅ……」


「そんなに泣くほど嬉しいのか。大切にしろよ? 異世界製は無駄に値が張るんだからな。何故だか、お前の欲しがるものは決まって異世界物だからな」


太郎さんは受け取った本を両手で抱えながら涙を流しました。そんな姿を見てアーク青年はただ穏やかな笑みを浮かべていました。



「ぼくちんにこんなものをくれるなんてぇ、ちみは良い奴だああああぁぁっ!!」


「そう思うなら、まずは服を着ろ!」


太郎さんは抱き着こうとしました。しかし、アーク青年は受け止めることなく、太郎さんの腹部に蹴りを入れて阻止しました。そう、太郎さんはやはり全裸だったのです。


「ぐげぇ! 容赦ないなぁ……」


「そんな顔で言っても説得力ないぜ? ま、冗談抜きで服は着とけ」


ニヤニヤしている太郎さんとは対照的にアーク青年は真顔です。凄く切実でした。


「しょうがないなぁ、着てやるよぅ」


そう言って太郎さんは衣服室へ向かって着替えて戻ってきました。


「どうだぁ?」


「おっ、着てきたか――って、なんだよその格好は!?」


「うへへ……これはフンドシと言ってぇ、ぼくちんの世界では正装なんだぁ」


「正装って布切れ一枚じゃねえか!」


アーク青年は太郎さんのふんどし姿を見て大いに驚きました。それも無理ありません。何故ならこの 世界で、ふんどしを持っている者など、こちらの世界でいう異世界人――地球人しかいないのですから。


「ちっちっち。分かってないなぁ」


「……なんかすげえ腹立つが、全裸よりはマシか」


太郎さんは人差し指を立ててそれをゆっくりと左右に動かしながら言いました。そんな態度にアーク青年は仕方なしといった様子でした。



「なぁ、太郎。これは他のみんなにも訊いてることだが……お前さ、次の戦いが終わったらどうする?」


「ああ……もうぼくちんは用済みなのかぁ」


「というよりはもう解散時だと俺は思ってるんだ」


しばらくした後、太郎さんはアーク青年と話し込んでいました。そして一区切りがついて、アーク青年が真面目に太郎さんに問い掛けます。


「そうかぁ、ぼくちんはこの世界にいられるならなんでもいいなぁ」


「元の世界に帰りたくないのか?」


「ぼくちんにとってはぁ、こっちの方が天国なんだぁ」


そのアーク青年は口を開けて見ていましたが、我に返ると真っ直ぐ見て言いました。


「そうか、お前がそう決めたことなら俺から言うことはもう何もないな」


更に少し時間が流れて、再びアーク青年が切り出しました。


「俺さ、次の戦いが終わったら告白しようと思うんだ」


「ぼくちんに?」


「っなわけあるか!」


太郎さんはボケてしまったらしく、アーク青年より拳骨を頂いてしまいました。


それから数年間もの時間が過ぎました。



「アークぅ……どうして死んでしまったんだぁ……」


アーク青年は実は勇者でした。魔王との決戦でその身を捧げて世界に平和をもたらしました。そして暗黒の呼鈴は散り散りとなり、太郎さんは漆黒の飛行船の上であの日と同じ景色を眺めて泣いていました。


主人が帰ってくるのをいつまでも願って。

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