MR彼女と魔法の時間〜天才少女発明家は兄のアレコレに興味津々!番外編〜

さこゼロ

第1話 ゼロ美のお願い

「ただいまー」


 学ラン姿のゼロ介が玄関のドアを開けると、妹のゼロ美が仁王立ちで待ち構えていた。


 ぴょこんと可愛く跳ねたツインテールに薄水色のワンピース、保健の先生のような白衣を羽織っている妹は、兄の姿を確認すると腰に手を当て足を大股に開く。


 それからすうううと息を吸い込み、


「お兄ぃ、修学旅行の最終日に新幹線の駅まで迎えに来てよ!」


 大きな声を張り上げた。



 ~~~



 天才少女発明家は兄のアレコレに興味津々!


 番外編



 ~~~



「……は?」


 バタンと背後でドアが閉まる音がする。ゼロ介は靴を脱ぐのも忘れて思わず聞き返した。


「お兄ぃ、修学旅行の最終日に新幹線の駅まで…」

「いやいや聞こえてるからっ!」


 ゼロ介が両手を突き出して、慌てて止める。


「だったら迎えに来てよ!」


「だったらの意味分かんねーし。行く訳ねーだろ、面倒くさい」


 そう言って靴を脱ぐと、ゼロ美の横を通り抜けて自室へと向かう。


「お願い、お兄ぃ。大事な事なんだよ」


「それなら親父に頼めよ。お前の頼みなら絶対聞いてくれるから」


「嫌だよ、気持ち悪いっっ」


 ゼロ美は顔を歪めて「オエ」と何かを吐き出す仕草を見せる。


「気持ち悪いってお前…。それにだいたい、何で迎えが必要なんだよ?」


「お土産たくさん買うし荷物増えてるかもだし、とにかくお兄ぃじゃないとダメなんだよ!」


「何でだよっ! とにかく俺は行かねーからな!」


 ゼロ介はそれだけ言い残すと、さっさと自室へと入って行った。


 ~~~


「くくく、お兄ぃに拒否権なんて無いんだよ」


 薄暗いゼロ美の自室が、最後に一瞬、激しい光に包まれる。


 そうして出来上がったばかりのレンズの大きな眼鏡を、何処かで聴き覚えのあるBGMを背負いながら右手で高々と掲げた。


「スマホ連携式MRメガネー」


 いわゆるスマートグラスだろうか。自主開発のアプリと連携して、とあるゲームがプレイ出来るようになっている。


 明日から修学旅行なこともあって、動作確認はしていない。しかし天才少女発明家の辞書に「失敗」なんて二文字は無い。


「あとはこのアプリを、ママとお兄ぃのスマホに送信してっと」


 ゼロ美はパソコンのエンターキーを、タンと軽やかに叩く。それから満足そうに微笑むと、布団の中へと潜り込んだ。


 〜〜〜


「お兄ぃ、これ」


 欠伸あくびをしながらトイレから出て来たゼロ介に、妹のゼロ美が手に持つ眼鏡を差し出した。


「何だよ、これ?」


「メガネ」


「見りゃ判るよ! そうじゃなくて…っ」


「私が修学旅行で留守の間にお兄ぃが寂しくないようにって」


「……は?」


「私が修学旅行で留守の間にお兄ぃが…」

「だから聞こえてる!」


「だったら受け取ってよ!」


「だったらって、お前…」


 そこでゼロ介は、はああと大きな溜め息を吐く。


「分かった、分かった。それで、この眼鏡は何に使うんだ?」


「秘密」


「は?」


「ひみ…」

「だから、なんで秘密なんだよ!」


「だってその方が、お兄ぃもワクワクで寂しさが紛れるでしょ?」


「なんで俺が……あー、もういい分かった。有り難く受け取っておくよ」


「うん!」


 そうしてゼロ美は「いってきまーす!」と元気な声を残し、大きなピンクのキャリーケースと共に旅立って行った。


 妹の荷物の大きさに困惑しながらも、


「修学旅行でも白衣かよ…」


 ゼロ介は、ボソリとそれだけ呟いた。


 〜〜〜


 その日の夜、


 晩ご飯も食べ終わり、ゼロ介が自室のパソコンでオモシロ動画を漁っていた頃、突然スマホが大きなアラーム音をかき鳴らした。


「な、なんだ⁉︎」


 驚いてスマホを確認すると、見知らぬアプリが勝手に起動している。


「え、何で? どーなってんだ?」


 そうこうしていると、画面に[MRメガネを装着してください]と、メッセージが表示される。


 そこで初めて、ゼロ介に心当たりがヒットする。


「ゼロ美の仕業か…」


 言われるがままに従うのはしゃくに触るが、アラームの止め方も分からないし従うしかない。


 ゼロ介は適当に置いた眼鏡を探し出して、スチャっと右手で装着した。


 同時にスマホのアラームがピタリと止まり、ゼロ介の眼前に[窓を開けてください]とメッセージが表示される。


「なんなんだよ、一体…」


 ゼロ介は億劫おっくうそうに立ち上がると、自室の窓をガラリと開けた。


 その瞬間、外から何かが目の前に舞い降りる。


「え、うわっ⁉︎」


 焦ったゼロ介は、思わず二、三歩後ずさった。


「すまないが少年、少し邪魔をする」


 何者かが声を発する。


 それは少女の声だった。


 背中に届くくらいの綺麗な金色の髪。同じく金色の瞳に、ピンと尖った長い耳。真っ黒なヒラヒラのドレスに身を包んだその少女は、それでも何処となく見覚えがあった。


「ゼロ美か…。アイツ、自分をモデリングしたな」


 そうして思い返してみると、声も間違いなくゼロ美の声だ。


 とは言えコレは流石に凄い。横側に回り込むと、ちゃんと少女の側面を確認出来る。


 眼鏡を外すと、そこには何も居ない。


 しかしその瞬間、スマホのアラームがけたたましく鳴り響いた。


「分かった、分かったよ!」


 慌てて眼鏡を掛け直す。


「聞こえているか、少年?」


「え、あ、はい!」


 そのとき再び発した少女の声に、ゼロ介は反射的に背筋を伸ばした。


 そんなゼロ介の態度に少女は微笑み、


「すまないが、少しの間、かくまってくれないか?」


 何処となく、疲れた表情を覗かせた。

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