今際の際

ききききき

今際の際

 普段は針のような葉をギラつかせ周囲を威圧している木々が、今はひっそりと息を潜めていた。それどころかその木々が所狭しと生える森そのものが活動をやめ、真っ白な雪を纏っている。動物たちの気配もまるでなく、深夜ということも相まってしんとしている。森のすべての動植物が二人の少女を静かに見守っているようだった。

 十代後半と見える二人の少女は木々が比較的少ない場所の、大樹の根元に座り、寄りかかっていた。辺りは真っ黒に塗りつぶしたかのような暗さで、月明かりだけが唯一の光源となっている。月の光が雪面に反射しており、大樹の傍は僅かに明るかった。

 少女たちは色の違う柄のないコートを着込み、お揃いのマフラーを首に巻いていた。分厚い防寒のズボンを履き、黒の手袋をしている。そして、紺色のコートを着た、黒とグレーの混ざった髪の少女は腹部から血を流していた。紺色のコートが大きく裂け、そこから血が溢れ出ている。少女は幼さを感じさせる顔を小さく歪め、苦しそうに喘いでいた。真っ赤な血が雪を真紅に染め、地面にまで染み込んでいく。

 もう一方の茶髪の少女は横目でグレー髪の少女の様子を窺っていた。グレー髪の少女の右手を握り、指を絡ませていた。この少女も右脚の太ももに浅くない裂傷を負っていた。

「ねえ、リツ」

 茶髪の少女が体を傾け、リツと呼ばれた少女に体重を預けた。リツは小さく唸って、「ロウ、痛い」と顔を顰めた。

「月が綺麗だね」

 ロウが空に浮かぶ満月を見上げて言った。リツも釣られて月を見上げた。満月は妖しく黄色に光っていた。目を見張るほど美しい月ではなかった。

「死んでもいいくらいにね」

 リツとロウは声を上げて笑い合った。ロウのふわふわした茶色の髪が揺れ、リツの頬を撫でる。リツは口元をマフラーで隠して、肩を震わせて笑っている。その震えがロウに伝わる。二人の楽しげな笑い声が森の闇に吸い込ませて、次第に消えた。弱い風が吹き、二人が寄りかかっている大樹がざわざわと揺れた。まるで、二人につられて笑い出したようだった。

 リツが肩を振るわせるたびに腹部からの出血がほんの少し増加する。リツは意識を保つことすらやっと、といった様子になっていた。

 ロウがリツから体を離した。そして膝をつき、少し高い位置からリツと向き合った。リツの頬を覆うように両手でリツのマフラーを握る。

「もう、楽にしてあげる」

 リツは何も言わずに目を閉じた。少し緊張しているが毅然としていて、キスを待っているような面持ちだった。

 ロウの瞳から涙がこぼれる。一滴の涙はほんのりと赤い頬を滑っていった。

ロウが口元だけで微笑んだ。リツのマフラーを強く引っ張り、首を絞める。しかし、リツの首が絞められ続けることはなかった。ロウが力を加えたと同時にリツは倒れた。

「リツ?」

 ロウはリツの肩を軽く叩きながら、呼びかける。森の静寂がロウの悲哀に満ちた声で破られる。

 リツはすでに息を引き取っていた。

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