第41話 お客様は、神様です!
「お客様は、神様です」
だってお金払ってるんだから、そうでしょ?
以前に住んでいた街で、とあるバーに通っていました。
お酒を愛するマスターがいて、美味しいお酒がたくさんある素敵なバー。
「僕はお客様に、心の底から美味しいと思って頂きたいのです」。それが、マスターの口癖。一流の味とサービスなのに、けして高額にならない良心的なお店。
私は毎日、2杯だけ飲んで帰る。
2杯「だけ」と可愛く言ってみましたが、1杯目はマティーニ(けっこう強いカクテル)、2杯目はドライマティーニ(めっちゃ強いカクテル)。
こういう飲み方をすると「まるでアル中みたいww」と笑う方がいますが、バカにしないでいただきたい。アル中「みたい」じゃなくて、本物のアル中です。
このコースにたどり着くまで、色々なお酒を試してみました。お酒の知識はぜんぜんナイので、マスターに教えてもらいながらの試行錯誤です。
知識も常識もナイ私に、マスターは親切に教えてくださいます。私もお店が混んできたら、お店のジャマをしないようにそうっと帰る。
お酒の知識は増えませんが、自分の好きなお酒はわかった。1杯目は、マティーニ。2杯目は、ドライマティーニ。細かく言うと、ジンはボンベイサファイア。オリーヴはブラックオリーヴも好きですけれど、グリーンのほうが好き。庶民派のマティーニです。お酒に詳しくなれなくても、自分の好みがわかれば十分♪
バーに入ったら、まずご挨拶。
「こんばんわ。おじゃまします」
お店はご店主である、マスターのものです。客の私は、おじゃまさせて頂く立場。
「お帰りなさい。いつものですね?」
「ありがとうございます♪ お願いします♪」
それを見ている一団がいました。派手な色のスーツを着た私と同年代の男性と、取り巻きの若い女性「たち」。彼は若い女性「たち」から「社長~♡」と呼ばれて、ご機嫌さんです。つまりオッサンが、若い女子「たち」をはべらせている状態。すごいね。女子が複数形ですよ。どんだけ金持ってんねん?
この男性、今月は来店3回目です。なぜ知っているかというと、私は毎日来てるから。最近お店に来るようになった方です。
この方がお酒を頼む基準は「値段の高い酒」。ご自身の好みではなく「値段の高い酒」。注文する時は「高い酒、ちょうだい」。お店には良いお客様かもしれませんけれど、それってどうかなぁ?
静かなオーセンティックバーに、女子たちのカン高い声が響きます。
このお店のお客様はみなさんとても優しいから何も言いませんけれど、どなたも静かな雰囲気を求めてお店に来ている。それなのにキャアキャア騒ぐのって、どうかなぁ?
でもでも浴びるように高いお酒を呑んでるから、お店的には良いお客様だよなぁ……。お客様は、神様って言うし。
モヤモヤするけど、まあいいや。2杯目をお願いしよう。
「マスター。あの……」
「もうできますよ♪」
笑顔でマスターが、2杯目を置いてくれます。もちろん、ドライマティーニ。
私の欲しいタイミングで、私の欲しいお酒が出てくる。あなたは、神ですか?
客を喜ばせるために、いろいろな配慮をしてくださっているんだろうなぁ~。頭が下がります。
この光景を、横目で社長が見ていました。めっちゃガン見されてる。視線がイタイです。
マスターと、あ・うんの呼吸で話す私がお気に召しませんか? そりゃそうだ。せっかく高価なお酒を呑んでいるのですから、私よりもチヤホヤされたいですよね。
男性が「マスター!」と言いました。
「なんでしょう?」 にこやかにマスターが答えます。
「酒。いつもの」
マスターは、笑顔を崩さず答えました。
「申し訳ありません。わかりません。銘柄を教えていただけますか?」
しょえぇぇぇ~! 笑顔が、怖い……。
男性はカッコつけたくて、「いつもの」って言ったはず。
たしか前に見たときはお店で一番高いからっていう理由で、ブランデーを吞んでいた。良心的なお店ですが、一流のお酒も置いてあるので、グラス1杯(シングル)8000円くらいする高価なお酒。私がおぼえているくらいだから、マスターが忘れるはずない。それよりなにより、お客に恥をかかせない為の聞き方なら、いくらでもある。それをあえて「わかりません」と言い切る。
マスター、怖いです。怖すぎます。
案の定、男性は「え……」ってなりました。そして「この前、呑んだ……」と口ごもります。間髪入れずにマスターがにこやかに「失礼しました。〇〇ですね」と言う。やっぱり、おぼえてるじゃん……。
この場面を見てから、私は絶対に「いつもの」と言わないことにしました。
「いつもの」かどうか決めるのは、客じゃない。お店のほうです。
本物の神様(ご店主)は、怒らせると怖いです……。
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