第5話 人としては、最高!

 私は、小心者です。お約束は、守るタイプです。公募の小説も、締切りよりずっと前に提出しました。おかげさまで20本応募したお話のうち、小学館のジュニア文庫小説賞で、大賞をいただいて出版が決まりました。残りの1本は佳作、18本は選外ですから、自分の実力は、いまだにナゾです。確率で見ればぜんぜんダメですが、本は出ている……。


 ちょっと話は逸れます。本や色紙にサインをさせて頂くのは、いつでも恐れ多い気持ちでいっぱいです。もちろん嬉しいのですけれど、本が世に出るまで、たくさんの方が力を貸してくださったのに「ソウマチ」とサインするのは、おこがましい。みんなで作ったチームメンバーの一人として、サインをさせて頂いています。


 閑話休題。

 原稿が本になるまで、たくさんの作業がありました。応募前の原稿は、自分で100回くらい推敲しています。「一字一句、間違ってない!」と自信満々でしたが、結果は散々。書き出しは一文字下げるといった基本も知らなかったし、あれだけ!見たのに!誤字脱字も多数ありました。


 それらを直したら、次は時系列や、時代考証の間違いを直します。自分で気づかない明らかな間違いを、編集さんや校閲さんが指摘してくださいます。指摘は本当にありがたいですし必要ですけれど、ダメダメ言われるのはメンタル的に凹む作業です。それと並行して、日本語の間違いを直します。指摘されて知ったこと。「異口同音」という言葉は、3人以上の場合しか使えないそうです。2人はダメらしい。自分の無知さに、嫌気がさします。


 文法や史実を正しくしたら、ここからが本番です! 編集のPさんや校閲さんと、ガチバトル! それぞれの主観に基づいて「ヘンじゃね?」とか「ちがくね?」と指摘が入ります。それに対して私も「ヘンじゃねぇし!」「ちがくねぇし!」と返します。とは言いつつ「たしかに…」というご指摘もたくさんあるので、そこは修正。

 自分の言っていることがエゴなのか、正論なのか、非常に悩ましい日々が続きます。ベテラン編集者のPさまを相手に、駆け出し作家がどこまで言っていいのかの懊悩も感じつつ、それでも譲れないことはありますから! 


 こういう風に書くとあなたは「どんな高尚なことを議論したのか?」と思われるかもしれません。「人類の深遠な問題についての議論か?」 「文芸という奥深い芸術に対して、アンチテーゼを提起したのか?」とか。


 一番のガチバトルは「バナナの本数」でした……。編集のPさんを始めとする複数の方が「バナナ、多くね?」と言うのに対し、私は「このバナナは、愛なの!愛だから多くしたいけど、重量制限があるから精一杯の数なの!」と……。

 端から見たら「どうでもよくね?」の世界だと思います。実際、バナナの本数は、本筋と関係ありません。でも絶対に譲れなかった…(涙)。大の大人が「バナナの本数」で、顔色を変えて議論するという……。あの瞬間の私は、世界で一番カッコわるかったです(涙)。

 

 私の書いた原稿は、8割くらい修正が入りました。あまりにもダメダメ言われるので、Pさんに泣きながら訴えたこともあります。「そんなにダメなら、他の方に賞を贈ったらよかったじゃないですか!」 夢にまで見た賞を返そうかと思うくらい、しんどい日々が続きます(涙)。


 ところが、です。私の直しが終わった時に、Pさんから言われました。「ソウマチさんの校了、すごくスムーズに終わりましたね!良かった!」 私の見た修羅場は、編集さんからすれば「近所の公園」くらい、のどかな風景だったという……。Pさん、どれだけ鬼なんですか……??


 とにもかくにもお話は完成して、私の仕事は終わりました。後はたくさんの方たちが、それぞれの仕事をしてくださいます。印刷も発売も、日程が決まりました。告知も完了。その矢先、チームの一人、Kさんが体調を崩しました。その方のお仕事が終わらないと、本が出せない非常事態です。

 責任感の強いKさんは、Pさんとの電話で「自分のせいで出版が遅れる。ソウマチさんに迷惑がかかる」と、泣いたそうです(涙)。本も大事ですけれど、健康が一番大事です。それなのに……(涙)。


私   「それでPさんはKさんに、何とお声を掛けたのですか?」

Pさん 「ワタシは言いました。『締切りは、破るためにあるんです!だから締切りが守れなくても、気にする必要はまったくナイです!』と、お伝えしました♪」

私   「Pさん、人としては最高ですけれど、編集者としてはヤバイです……。」


結果は、大成功でした! Kさんのおかげで発売日が遅れ、2022年2月2日「忍者の日」に、忍者の活躍する「姫さまですよねっ!?」が出版されたのです!

新聞などの取材で「この日を狙って出版したのですか?」と訊かれましたが、違います。Kさんのおかげです!Kさん、ありがとうございます!


「締切りは、破るためにある!」

今後は、肝に銘じます。でも小心者だから、締切りを破ったら、胃に穴が開くと思う……。






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