6 基本の打ち方後編

 美鳥のコールで、クリアからプッシュに移った。

 私は美鳥が打ったプッシュを、ひたすらにレシーブしていく。


「んっ」


 短いスパンで繰り返される強いショットに、私は堪らず声が漏れていた。


 プッシュをするフォームの見た目は、少しドライブに似ているかもしれない。

 けれどスマッシュのように鋭利な角度があるから、ドライブよりももっと攻撃的なのである。


 ちなみにプッシュは、ネット付近に浮いたシャトルを叩き落とすショットのことで、決定率が高いのが特徴だ。

 でもこうして、


「すみません」


 プッシュをしたシャトルがネットに阻まれてしまうこともある。

 決定打が失敗してしまうと、向こうにポイントを与えてしまうだけでなく、気持ちの面でも対戦相手を救うことになるので気を付けたい。

 それに、


「ううん、今のは私が低く返しちゃったからだよ。こっちこそごめんね?」

「いいえ、謝らないでください。試合本番では、そういった低いものも返せないといけませんから……」

「美鳥……」


 甘い球を決めきれなかったという、自分に対しての悔しさや罪悪感も重なるから、プッシュミスはダメージが大きいのだ。


 美鳥は俯いていた顔を上げると、下げていたラケットを再び構えた。


「あやみんさん、もう一度お願いします!」

「うんっ、りょーかいっ」


 だけれどこんな時、美鳥がするように気持ちを切り替えることが大事なんだよね。

 さて私は私で、レシーブの練習だ!


「交替してくださいっ」


 時間が来たみたい。今度は私がプッシュをする番になる。

 きちんと手首を返してリズム良くプッシュしていると、隣のコートからカツンというラケットのフレームに当たった、つまりフレームショットの音がした。


「ふぁ!?」


 甲高い音に思わず目をやると、片寄先生のフレームショットが私の顔に向かって飛んできている。


「一ノ瀬!」

「あやみんさん危ない!」

「嫌っ」


 たまたまプッシュを打つ順番だったのが良かったのだろう。

 私は膝を曲げて腰を落とし、顔を庇いながらラケットを振り下ろした。


 パシッ。


「ふにゃ~ん」

「え……何? ふにゃ~ん?」


 目を開けて見てみると、転がったシャトルと一緒に凜々果が倒れていた。


「あっ! 凜々果ごめんっ。大丈夫っ?」

「あやみんちゃんったら酷いですの~♡」


 私は凜々果に、打ち返した先生のフレームショットを当てちゃったみたい。

 でも何で嬉しそうなの!?


「おめーら、ちゃんと真面目に取り組めー?」

「いいのかー? 負けるぞー?」


 う。練習中の花林と茉鈴に言われると、何も反論出来ないや……。


「ではラストっ。スマッシュに入ってください」

「待ってましたあ! 茉鈴っ?」

「おうよ! うらぁあっ、花林打てぃ!」


 プッシュの後、ヘヤピンの練習を挟んで最後はスマッシュ。

 私たちが戻るよりも早く、花林と茉鈴は素早くホームポジションに下がって、スマッシュの練習に入った。


 茉鈴がサーブを上げると同時。花林は機敏にコートの奥に引かれた二本のダブルスとシングルスのロングサービスラインら辺まで下がった。そしてラケットを振る。


「うぇい!」

「うぇい!」


 声だけ聴くとふざけているけれど、花林のスマッシュは豪速球だし、茉鈴はその重みのあるショットを最適なタイミングで打ち返していた。もちろん顔も真剣で、普段とは別人のようだ。

 なんたってこの、最小限の動きで繰り出すインパクトの強さ。


「相変わらず痺れる~~っ」

「ほら、あやみんさんっ。準備は良いですか? サーブが上がりますよ?」

「うんっ。おっけぃ」


 私は美鳥のサーブに調子を合わせて後ろへステップ。下降してきたシャトルに左手をかざした。

 タイミングを見計らいその場で左足を軽く踏み込んで、後ろへ引いた右足で吸収する。そのバネを反動に使って、一気に身体の向きを入れ替えた。下げた左手の代わりにシャトルを捉えるラケットの面は、クリアと違って下向きに。振り下ろす!

 

「んあ!」


 私の打ったスマッシュが、角度をつけて下降しがらあっという間にネットを超えていく。


「なかなか速いんじゃ……っ、ありませんか?」


 美鳥は私の打球を押され気味で返す。


「もしかして重い!?」

「いいえ。スピードです」


 ですよねー。

 でも、スピードには自信持ってもいいってことだよね?


「じゃあ次のはどうだっ!?」


 バシュッ——!




「あやみんさん、頬に種が付いていますよ?」

「え?」


 2階から見えるライトアップされたお庭といい、異国情緒を感じる夜景といい、ここが日本だということをつい忘れてしまいそうになる。


 私たちは練習も夕食も終えて、合宿1日目の夜を迎えた。今は凜々果の別荘にあるテラスでスイカを食べている。

 さっきそこでスイカ割りした無残な姿のをね(割ったのは凜々果)。

 ちょっと雰囲気が台無しだけれど、夏だし、私たちっぽい。


 って、ほっぺに種?


「ど、どこ?」

「「ここ~っ♬」」

「ひゃっ」


 花林と茉鈴が、キャミソール越しに私の胸を揉んできた。

 うう。今日だけで何度目だろう……思い出したくないや……。


「ちょっと、こら。くすぐったいってば……!」

「いいじゃありませんか、あやみんさん。サイズアップが出来ますよ?」

「なっ!? ふ、ふ~ん。美鳥、そんなこと言うんだぁ……? それなら美鳥だって大きくなれば——」

「あやみんちゃん、ここですの!」


 私が美鳥の胸に向かって手を伸ばそうとした時。凜々果が私の右頬を舐めた。


ほらほふぁ取れましたふぉれまふぃら


 凜々果はそう舌を出しながら言った。舌の中央には、私の頬に付いていたと思われるスイカの種が。


「り、凜々果ってば、もぉぉ……」

てへペロへへフェロですのれすの♡」


 頬を染める私に、凜々果は自分の頭をコツンとしてウィンクした。


「ふふっ。可愛いやつ!」

「あやみんちゃん……♡」

「私も、よしよししてあげますね」

「美鳥さんまで……♡」

「楽しそーじゃ~ん」

「オレらも仲間に入れーや~」

「きゃあっ♡ 花林さんに茉鈴さんも、めてください♡」

「あやみんさま~っ。あやみんさま~っ」


 お茶目な凜々果をみんなで可愛がっていると、1階の敷地に広がる大きなお庭からセバスの声がした。

 私たちは一斉にテラスから顔を覗かせる。


「あやみんさまに、みなさまっ。スイカの後は花火もいかかですかっ?」

「うそ!? 用意してくれたの!?」

「ええ……!」


 私たちは互いに驚いた顔を見合わせて、それから破顔して頷いた。


「セバスありがとぉ~っ。もちろんする~!」


 そうして私はみんなと一緒に、まだまだ夏の夜を満喫するのでした。


 よーしっ。合宿2日目も頑張るぞ~!

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