3 追いかけるよりも

「眼鏡さん、何かワタクシたちにご用ですの?」


 凜々果は腕を広げたまま訊ねた。声が、少し怒っているようにも聞こえた。


「ああすまない、美鳥に用があって。時間になっても部長会議に来ないから、もしかしたらと思ってここに寄ったんだ」


「一応、連絡は入れたのだが……」と、会長は付け加えた。

 眼鏡をくい上げする表情が、とても気まずそうだ。美鳥、早く行ってあげてと思った。


「いけません。うっかり忘れていました。……本当です、兄さまから連絡をもらっていました」

「もう! 人騒がせですわ。さっさとお行きなさい」

「別に、凜々果さんに言われなくても行きますよ。何をプリプリされているんだか」

「どっちがですの!」


 美鳥はプリプリする凜々果を一瞥いちべつすると、ため息を吐いて部室を出て行く。


「それにしても、兄さま残念でしたね。もう少し早く来てくださったら、あやみんさんのセクシーショットが見られましたのに」

「⁉」

「あら兄さま、顔が真っ赤ですよ?」

「ばっ、馬鹿なこと言ってないで行くぞ。で、では色々すまなかった」


 そう言って会長は、美鳥を連れて私たちの前から去って行った……と思ったら、入れ替わりでセバスがやって来る。


「遅いわセバス! 今あやみんちゃんが変態兄妹に襲撃されていたところだったんだから!」

「なんと⁉ あやみんさまっ、それは本当ですか⁉」

「ううん違うよ。早く練習しようか凜々果」

「あやみんさま……」


 美鳥のは軽口だから。私か会長の反応を見て面白がっているんだろう。

 と言うか、むしろ変態はこの二人では?

 抱き付く凜々果と、平然と部室に入り込むセバスの姿を見て思った。


「おやおや、これはにおいますねマリトンくん?」

「ええ、においますよカームズ」


 もう、また変なの始まったし。


「何でもいいから早く練習しようよぉ~」

「何でも、なんて言っていいのかな?」

「そうだよあやみん。追うよりも、追い掛けてくれる人の方が幸せになれるって言うよ?」

「はぁ? 一体、何の話を……って、セバスどうしたの?」


 セバスは私の手を取ると、片膝を付いて見上げた。そんなセバスの肩を、凜々果はゲシゲシと蹴る。


「あやみんさま……。この私めがいながら、誰か気になるお方でもいらっしゃるのですか?」

「ふぁ⁉ そそそそ、そんな人いないよっ」

「そうですか……。ふ、フフフフ!」

「え⁉ 何、怖っ!」


 凜々果に蹴られながら肩を揺らして笑うセバスに、私は寒気さむけした。


「あやみんさま、今、私めを否定しませんでしたよね? 嬉しゅうございます……!」


 ちゅ。


「わぁぁ! 手がっ、手がぁあ!」

「さぁ、お嬢さまはひっぺ剥がしまして、お茶にしましょうか♪」

「あっ、こらなのセバス!」


 そうして私は、セバスに姫抱っこで部室の外へと連れ去られてしまうのだった。


「いや、セバス。お前じゃねーんだ」

「んだんだ、会長なんだぁ」

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