2 友達のお兄さん

「だから泣いてたんだ、スタンプの猫!」


 人の気も知らないで、ケラケラと笑う花林。

 放課後の部室。みんなが、ちゃちゃっと着替えを済ませていく中、項垂うなだれてばかりの私は、未だにセーラー服のままだ。


「もぉぉ誰の所為で、へこんでいると思ってんのよぉぉ……」

「でも逆に良かったんじゃないの? この子ええ趣味してるわぁって思ったよサラサラくん」

「茉鈴……それマジで言ってる?」


 って言うか何で関西弁?


「はいはい、さっさと着替えますよ」と美鳥にうながされて、ようやく私はスカートの下にハーフパンツを穿く。スクールバッグから練習着のTシャツを取り出して、制服の上に被った。

 そうして私がモゾモゾと着替え始めると、美鳥は安心したのか話を戻すのだった。


一時いっときの恥ですよ。今頃お相手は、ご自分のことでお忙しいでしょう。気にも留めていないと思います」

「でも4巻と5巻だよっ? 読み進めてる人みたいじゃんか。あ、この子、そんなにこの漫画が好きなんだなぁ~……って思ったよ絶対ぃぃ」

「ならバラバラの巻を、意図的に抜粋ばっすいして読まれていると思われるよりかはマシじゃないですか。それとも何です? そのサラサラさんのことが気になっていらっしゃっていたり?」

「へ、気になる……? ふぁ⁉」


 はかなげに微笑むサラサラくんの姿が、頭の中にぽんっと浮かんだ。


「べ、べべべ別にそんなことないし! 男子なんかにうつつを抜かしたりしないし! バド一筋だし!」


 私の慌てぶりに、ジト目になる全バド部員。うう。

 たださ。みんなが私のことをさ、おもちゃみたいに扱うからさ。「何カップあるんすかー」とか、「いつから大きくなったんすかー」とか、にやにやしながら話し掛けてくるような男子ばかりがさ、周りに集まるようになっちゃったからさ。だからなんかちょっとだけ、サラサラくんの潔白けっぱくな雰囲気が、私には新鮮に思えちゃったんだもん……。


「まぁ私は、その方が都合が良いですけれど」

「え……」


 そっか。やっぱり美鳥も、そういうのに浮つくようなやつとは、ペアを組みたくないんだ……。


「あやみんさん? もしかして何か勘違いをしていらっしゃ――」

「美鳥、いるのか?」


「ああいますよー!」と、茉鈴が部室のドアを躊躇ためらいもなく開ける。


 ちょおい、私まだ着替え途中なんですけど⁉


 慌ててTシャツから肌が見えてないか確認していると、背後から「うわ!」と驚いた声が聞こえた。

 別に露出はしていなかったし、凜々果が腕を広げて私をフォローしてくれているから見えてはないのだろうけれど、まさか女子更衣室と同等の、この部室のドアが開かれるとは思わなかったのだと思う。


「すすすまない。そういうつもりじゃなかったんだが」


 あ。やっぱり美鳥のお兄さんだ。会長、私たちデリカシーがなくてすみませんっ。


 会長は花林と茉鈴に冷やかされて、めちゃめちゃ動揺していた。

 何度も顔を正すように眼鏡をくい上げしていて、なんだか可愛いと思った。

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