第2話 目標は高く?

1 もぐもぐタイム

「んっしょ……あ……」


 ガラガラと少し重たい体育館の扉を引くと、視界に広がった懐かしい景色。

 シャトルが飛び交い、ワックスのかかった床を靴底で鳴らす音に胸がときめいた。

 やっぱり私、バドミントンが好きだ。


「にしても、人数少ないなぁ」

「そもそも存在しなかった部ですからね。来年になら経験者も来てくれるかもしれませんよ一ノ瀬綾海いちのせあやみさん?」

「わ! 二葉さんもう日誌届けてきたの?」


「ええそうです」と、二葉美鳥ふたばみどりさんはいつもの調子で眼鏡をくい上げする。


「さあ、こんなところで突っ立ってないで、私たちも早く着替えましょうか」

「うん!」


 Tシャツとハーフパンツに着替えた私たちは、先に来ていた四谷花林よつやかりんさんと伍井茉鈴ごいまりんさん、それから三波凜々果みなみりりかさんと合流する。三人は1コートに二対一で別れて打っていた。


「え⁉ かりん・まりんペアを相手に凄い! 三波さんって本当に初心者⁉」


 私がそう言うと、隣で二葉さんがしたり顔で頷いた。


「彼女の武器はフットワークの速さですね」

「フットワーク……ああ確かに、昨日の脚力はやばかったね……」


 三波さん・おびき寄せ作戦の時のことを思い出し、すぐに合点がいく。ついでにセバスのことも甦ってきて、もしかして彼から逃れるために付いた脚力なのではと、安直あんちょくな発想をした。


「とは言え、花林さんと伍井さんのお二人は、三波さんに力加減を合わせていらっしゃいますが。それにまだ打ち返す力が弱いですね。打ち方も雑ですし。他にも改善すべき点は多々あるので、1つずつ教えてあげましょう」

「うん。きっと知らないこともあるだろうからね」


 バドミントンはスピードスポーツだ。一球一球がとても速い。

 だからフットワークの速さが、勝敗の鍵を握るのである。つまり三波さんの武器は――


「大きな戦力でしょう?」


 二葉さんは嬉しそうな顔で、眼鏡をくい上げした。私はまた胸ときめく。


「うん! ほんと凄い! 三波さんっファイトー!」

「お嬢さまに声援をくださるとは、さすがは私めの女神、あやみんさまです……ありがとうございます」

「いやああああああ!」


 どこからともなく現れたセバスに耳元で話し掛けられ、私は恐怖のあまり壁側まで後ずさった。

 というか、あやみんって何⁉


「もうセバス! 付いて来ないでって言ったじゃないっ。それに私のあやみんちゃんに、気安く近付かないでくださる?」


 三波さんは懸命に動かしていた足を止め、ぷくぅと頬を膨らませる。

 ああそっか。二人の間で、共通のあだ名が出来ていたのね~……。


「ですがお嬢さま、これが私めの務めですので。それにタダーン♪」


 震える私を残して、他の部員のみんなは「わあ!」と声を揃えて歓喜した。

 いつセットされたかわからないアンティークテーブルの上には、クッキーやらマカロンなど、一口サイズのお菓子が並んでいた。


「良かったらみなさんでどうぞ。紅茶もありますよ?」

「じゃあせっかくですので……、みなさん頂きましょうか?」


 あ、いいんだ。


 登校初日から慌てて立ち上げた割りに、二葉さんはノリノリだ。

 というわけで、練習開始の時間までのんびりとお茶会をすることになった。


「何してるんだ、お前たち……?」


 けれどそれには、後から来た顧問の片寄かたより先生も、さすがに引いてしまうのでした。


「ん? 片寄先生の手に持っているそれって、もしかしてあれですか⁉」

「ああ一ノ瀬。試合に出るなら、これ必要だろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る