走馬灯は、あなたと過ごした日々で埋め尽くされていた



 殺して殺して殺して殺して――ゼスと別れて二年の間、たった一人で死神ばかりを殺し続けたルカは、人にかけたよりも短い時間で世界の望みを実現した。殺されたとしても死なない死神を殺すルカの存在を知り、自ら殺されに来る死神さえいて仕事は捗り、たとえ大鎌を振りかざして抵抗されようと――ゼスに魔法をかけられた黒衣の力は、とうに死神の鎌のそれを超えていたから――ルカはまるで丸腰の人を殺すよう、いたって容易く死神たちを殺していった。

 そして死神を見かけても「殺したい」と思わなくなった頃、ルカはようやくまともに顔を合わせられるようになったエスターの口から驚くべき事実を聞かされた。ルカが「家」を出て以来、誰もゼスの姿を見ていないのだと。それどころか一緒に暮らしていたはずのエスターでさえ、どういうわけか「家」へと入れなくなってしまっているのだと。

 けれどそれを聞いて「家」に戻ったルカは、すんなりと迎え入れられた。それまでと何一つ変わることなく、ただ誰も、ルカに「おかえり」と言ってはくれなかっただけで。

 エスターが自分に嘘を吐くとも思えなかったルカは訝しんでゼスを探した。そしてその姿を自分の部屋のベッドで見つけ、息を呑む。


「ゼス…?」


 眠らないはずの死神は目を閉じ横たわっていた。その姿を見て真っ先に「死」を連想したルカはすぐさま呼吸と脈拍を確かめて、ゼスが「生きている」ことに一先ず安堵する。

 死神が死なないものだという常識は、ルカの中から――そして世界からも――とうに消え去っていた。

 温かい体と、穏やかに上下する胸。確かな脈を打つ心臓――それらの全てに安堵すると共に忘れかけていた「安らぎ」さえも思い出し、ルカはずるずると床へ膝をつきゼスの胸に耳を当てた。もうゼスを見ても「殺したい」とは思わない。だからもう少しだけ――せめてゼスが目覚めてしまうまでは――こうしていたいと、目を閉じる。

 そもそも眠りなんてものを必要とはしない死神であるゼスのこと、すぐに目覚めるだろうとルカは気安く考えていた。そうでない可能性なんて考えたくもなかった。ゼスは確かに生きているのだから、すぐに目覚めて自分に「おかえり」と言ってくれなければと――そこまで考えて、ルカは自分がとうに必要とされなくなった女であることを思い出した。ゼスに「おかえり」なんて、万が一にも言ってもらえるはずのない女であることに気付いてしまった。そして悟った。これもまた、自分に対する罰なのだと。

 世界が自分に対して許しを与えることなどないのだと、ルカはその時はっきりと理解することができた。驚くほど明瞭に、理解さえしてしまえばそれが当然のことであるかのようにも思えてくる。

 哀しみやつらさは、ゼスと別れてから一人でいた二年の間にすっかり麻痺してしまっていた。だからルカはしばらくの間、自分の目から流れ落ちていく涙の意味が分からず、首を傾げ――分からないまま、やがて笑った。


「だいすきよ、ゼス」


 望まれただけの役目は果たした。だからもう終わりにしようと、ルカは思った。そう決めた。愛しい死神の唇へと最初で最後の口付けを施して、嫌がる大鎌を半ば無理矢理に黒衣の中から引きずり出すと、その鋭利な刃を首へとかける。上手くできるだろうかと愚かな心配をしながらも、鎌を引き切るまでが微塵の躊躇もない滑らかな一連の動作だった。

 切り落とされた首はゼスの上へと落ち、死神の鎌と頭を失った胴体は床に転がる。吹き出した血はルカの部屋を真っ赤に染め上げたけれど、そのことを嘆く主はもういない。小言を言うことが仕事のようなエスターもついぞ「家」へは戻れなかった。眠ったままのゼスはただ、胸の上へと笑う死神殺しの首を乗せ穏やかな呼吸を繰り返し続けている。

 苦しげに鎖を鳴らす大鎌は自ら黒衣の中へと戻っていき、黒衣もまたそれを受け入れた。ルカの体をあらゆる脅威から守り続けてきた黒衣と、ルカの手足となって人や死神たちの命を奪い続けてきた大鎌は、主を失い互いに身を寄せ合うよう沈黙した。


 殺して殺して殺して殺して――生きるため、愛する死神のために殺し続けたルカはそうして、自分自身を殺すことによって殺しすぎる少女の一生へと幕を下ろした。存外、これこそが「相応しい最期」というやつなのかもしれないと、そんな風にも考えながら。それでも最後の一瞬まで、けしてゼスから目を離さずに。

 愚かしくとも、生きている限りゼスを愛していたかったから。

 ゼスの姿を目に焼き付けたまま、ルカは死んだ。


 充分な最期だった。





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