異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
第一章
一話 【異世界行っちゃった!】
電話も落ち着いた深夜。
夜間の救急病院の事務室で、隣の席の同僚がスマホを触りながら話しかけて来る。
足を組み、だらしない格好である。
「ねぇ[佐藤くん]。異世界に行くとしたらどんなスキルが欲しい?」
万年人手不足の医療事務で激務に耐え、我が儘な患者にヘラヘラと頭を下げ、月二回の夜勤。
時間外手当も付かず、格安スマホの定額プランの様に使い放題状態のサラリーマン。
家にはただ寝に帰るだけ……
今日はその、今月2回目の夜勤であった。
36になっても恋人も居らず、実家も姉夫婦が継いでる為、正直…
いつ異世界に行っても問題はない!
なんて…
そんなくだらない妄想話を、キーボードを叩きながら深夜のテンションで同僚と話していた。
「そうっすねぇ戦闘とか、やっぱ怖いし。ネットショッピングが出来るスキルで商人希望とかですかね!」
寝る前にスマホでよく読むラノベの中で、適当に思い付いたスキルであった。
「いいね、胡椒とか売って一攫千金狙うヤツね!」
初老の同僚がスマホに何かを入力しながら笑みを浮かべ答える。
「まぁ良くある設定ですけどね、やっぱスローライフですよ!」
遠くに聞こえる救急車の音を聞きながら、また適当に答えた。
適当だったが、趣味も無く生き甲斐も見出せない状況に、だったら良いなは本音であった。
「なるほど… 商人じゃ[アイテムボックス]みたいな収納スキルもいるか…… あと[言語理解]も必要だな……」
だらしなく椅子に座る同僚は、両手でスマホに何かを入力しながらニヤニヤと、とても仕事中の態度ではなかった。
カウンターの裏で患者からは、見えない事が救いである。
「では[佐藤 惣一郎]よ! ネットショッピングスキルと言語理解、それとアイテム収納スキルも共に与えよう!」
入力を終えた男は姿勢を正し、ゲームの様なセリフを吐くと惣一郎に笑みを向ける。
「あはは、大盤振る舞いですね! それなら異世界でもやって行けそうですよ!」
「じゃ行っといで〜」
へっ?
目の前が眩しい光で真っ白なる……
眩しい光の中で目を細め、見えない状況を見ようとする惣一郎。
肌に触れる風と吸い込む空気が、普段と違う事に戸惑う。
なっ何が…
徐々に光に慣れ始めると、ぼんやりと周りの様子が見えて来る。
へっ? アレッ? 森!?
深い緑の木々にキラキラと降り注ぐ木漏れ日を浴び、田舎でも嗅いだことのない澄んだ空気。
えっ? はぁっ? 何処よ!?
隣にいたはずの同僚の姿を探しながら、状況を理解しようとするが、何が起こったか全く理解も想像も出来なかった…
木から飛び立つカラフルな鳥が太陽を背に色を無くし、止まっていた思考がゆっくりと動き出す。
冷たい……
地面の苔で、お尻が濡れていた。
同僚って… 誰だっけ?
名前が出てこないぞ…
病院にいたはずなのに、これは夢?
ダメだ理解が追いつかん!
さっきまで仕事をしてたよな…
誰かとラノベの話で盛り上がって…
そう、そうだラノベ!
異世界にスローライフ!
えっ…
いやいや!
無理っしょ、無理がありすぎっしょ!
夢だ夢ゆめ!
いやだとしても… なんで俺?
神様は?
事故やゲームしてての過労死とか、なんかあるでしょ!
当然の問いに帰ってくる答えはなかった。
澄んだ森に吹く風が葉を揺らす音だけが聞こえていた。
…………
一応… やってみるかお約束のやつ!
オホン。「ステータス!」
………… はずっ!
あれ? 異世界じゃないのか?
もしかしたら話してたネットスキルとか使えるのかと… 思った…… の… に......
突然目の前に浮かび現れた画面。
よく知るパソコンの画面と同じであった。
ネットショッピングの画面。
所持金は¥0。
マジ… か……
アイテムボックスは?
もちろん空っぽ。
だが使える……
ネットショッピングのスキルは入金しないと使えないようだし、頭の中に浮かぶ収納スキルの中身も無い。
モニターも無く宙に浮く、よく使っていたネットショッピングの画面。
認めちゃう? 異世界だって……
一通り状況を考えたが、解らない事は考えても解らなかった。
だが、このままここに居ても何も始まらないと、重い腰をあげる惣一郎だった。
目的も方角も分からない慣れない森を、兎に角歩く惣一郎。
革靴で森を歩くのは厳しいと知る。
泥が入り気持ち悪い靴を脱ぎ、中の泥を落していると、先の少し開けた場所に、人影らしき物が見えた。
おっ、第一村人発見かな。
だがよく見ると、服では無い緑色の肌。
下顎から上に伸びた牙は鼻の横まで上に伸び、上半身裸に毛皮を腰に巻く大男。
手には木と石で出来た原始的な斧の様な鈍器を持っている。
はい確定です… 来ちゃったよ異世界!
その見た目から話が通じるとは思えない相手に目が離せない惣一郎。
見つかるのはマズいな…
襲われたら終わると腰を低く落とし、茂みにそおっと身を隠す。
俺のスキルは戦闘系じゃないし、お金もないので買い物も出来ない。
同化するんだ、自然と一体になるんだ!っと息を殺す。
先を歩いていた足を止め、緑の大男は何かに気付いたのか、クンクンと辺りの匂いを嗅ぎはじめる。
クンクンっと、周囲を見渡す緑色の大男。
やばっ匂いか、風上はどっちだ!
そっと指先を舐め風上を探すと、指先は正面で冷たさを伝え、風下にいる惣一郎は安堵する。
大きな影はクンクンと鼻を鳴らし、警戒しながらも森の奥へと消えて行った。
リアルな体験に惣一郎の膝が笑い始めた…
マジか…
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