ヴィクターズ
動作音と共に一階分上昇する。すぐにエレベーターは停止して扉が開く。
ここからは僕が目隠しをされていた場所だ。
そこには──並んだショーケース。その中に様々な人形が飾られている。全く予想外の独特な空間だった。人の背丈と同じ大きさの、精巧に作られた人形。等身大より少し小さな人形。更に小さい20~30センチ程のデフォルメされた物まで様々な人形が並んでいた。そのどれもアンティーク調の洋服やドレスを身に纏っている。
人形達の足元には値札が置かれている。趣味で集めているのではなく、商品として並べているってこと。つまりここは人形店だ。
どうして、そんな場所とメリーデッド家が繋がっているのかを不思議に思う。
その店内の中で二人の男性が人形を作っている所が目に入った。ビスクで作られた球体関節人形の腕を抱えた東洋顔の老人と、20歳そこそこに見える若い男性が、人形の目玉を手に持ち手入れをしていた。
「年老いた方がワシューで、若い方がビュレットだ」
ロドニーが僕に二人の名前を教える。続けて「彼はメリーデッド家の一員になった。アイリーだ。宜しくしてやってくれ」と彼らに紹介する。
ワシューと呼ばれた老人が手を止めこちらを見る。
「できれば宜しくしたくはないがね。ガーデニアの様にワシらの世話にならないように願っているよ」
「ワシュー、昨日の試作品は悪くなかったわ。腕一本失うのはどうにかして欲しいけど」
「どうにかして欲しいのはワシの方だ。これでも端正込めて作っているんだぞ。そんな物を軽々しく吹き飛ばされるのはかなわんよ」
「作ってくれないの?」
「作るさ。だが奥の手にしてくれ。出来ることなら自分の身体ように大事にして欲しいもんだ」
「それなら、相応に大事にしているわ」
「ならば、もう少し自分の身体を大事にしてやってくれ」
クレアラは「気が向いたらね」と返答しながら、電動の車椅子を走らせ入り口に向かう。慣れたようにロドニーが先回りして入り口の扉を開ける。
カランカランと乾いた鐘の音が鳴り響く。その後を追いかけるように僕も外へ出る。そして店の外へ出て振り返ると、掲げられた看板が目に入った。
『ヴィクターズ』と店名が書かれている。
「ヴィクターは彼ら、呪義手や呪玩具を作る者達の総称だ。ヴィクター・フランケンシュタインが呪われた怪物を作ったように、呪われた物を形作るから、それにあやかってその者達は『ヴィクター』と呼称している。それが二人いるから『ヴィクターズ』と掲げているそうだよ」
ロドニーが店名の由来について説明してくれる。
「呪玩具ってのは?」
「ET2oolの事よ。あれもワシューとビュレットが制作しているわ」
「どうしてそんなものが作れるんだ?」
「知らないわ。ヴィクターだけの秘密らしいもの」
「生憎だが私も知らなくてね。必要なものがあれば依頼するだけだよ、我々は」
電動車椅子で車の後部座席に近づくクレアラ。ロドニーが後部座席のドアを開ける。
「ありがとう」と礼を言い、クレアラは車椅子から移り、車の後部座席に乗り込む。
僕は前のシートに乗るべきか、後ろのシートに乗るべきか考える。クレアラは隣に座られることを嫌がるかもしれない。それでも彼女と話したいと思って、僕も後部座席に乗ることに決めた。反対側に回りこみ後部座席のドアを開けて助手席の後ろに僕も乗り込んだ。
「そっちに乗るってことは、私と話したいことでもあるのかしら?」
「勿論、あるに決まってる」
「まぁ、良いわ。口を動かすだけなら私の憎しみが失われることもないし。むしろ増してくれる話しを期待してるわよ」
ロドニーが運転席に乗り込むと「どこへ行けば良いのかな?」と僕に尋ねる。
「貴方達が資金提供している養護施設へ」
それはクレアラと僕が育った場所を指している。
今まで変化しなかったクレアラの表情が変化した。冷たい眼光が更に鋭くなったような気がする。しかし溜息を吐き、すぐに感情を感じさせない元の冷たい表情へと戻す。
「本当に私の憎しみを煽ってくれるのかしら?」
「そうじゃない。勝手に養護施設を抜けた身だけど、恩義は感じている。だから僕にできることをしてたんだ。それも暫くできなくなりそうだから」
「あぁ、それも知っているよ。君自身もお金を寄付してくれていたことはね」
車を走らせながらロドニーが話しかけてくる。
「その前に、どこかでお菓子を買える所へ行きたいんだ。何か持って行ってあげると子供達が喜んでくれるからね」
「あぁ、近場で購入できる場所を案内しよう」
ロドニーはまず、近くにあるティールームへ案内してくれた。
お菓子はお菓子なんだけど、こういうのは考えてなかったな。キャンディとかチョコとかもっと子供っぽい物で良かったんだけど。僕はしょうがなく食べやすいケーキやビスケットなどを大量に買い込んで、再び車の中に戻る。
大量の焼き菓子の入った袋を抱える僕を見てクレアラが「胸やけがしそうね」とこぼす。
一人で食べる訳でもないし、子供達が甘いデザートがいつでも食べられる訳でもない。少しくらい量が多くても良いじゃないか。
「あの頃の僕らは喜んで食べてただろ?」
「そうだったかしら?もう忘れたわ……」
「クレアラはいつも自分の分さえ誰かに分けてたから、余り食べてなかったかもしれないけど」
「そう……そうね。そうだった気もするわ」
そう返答するクレアラの言葉の影には寂しさが含まれているような気がした。きっと忘れている訳じゃないのだろう。……思い出したくないのかもしれない。そんな風に僕には感じ取れた。今の彼女の顔に当時の面影が残っているように、心の中にもあの頃の記憶が残っているはずだ。もし、そうじゃなければ悲しいから……
その心情を話してくれないから、それはクレアラにしか分からない。だからそれは僕の願望でしかないのかもしれない。
でも、そうだと願いたい。あの頃一緒に過ごした思い出がクレアラの中に今もあることを。
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