第7話 寝癖が直らないっ!

 次の日の朝。


 ローテーブルの上には、昨日とは違う景色が広がっていた。


 炊飯器で炊いたご飯、焼いた塩鮭、豆腐のお味噌汁。


 和の朝食と言えば、これだと言える品の数々。


 今度はこれに納豆や、ほうれん草のおひたしを追加してもいいかもしれない。


 自分のその日の気分でメニューを決められるのは、一人暮らしのメリットと言える。


 ご飯とお味噌汁の湯気を眺めているだけで、心がホッとする。昨日は簡単に済ませたから、今日から本格的にやっていこう。


 そう心に決めて、真は手を合わせた。


「いただ――」


 ピンポーン。


「……ん?」


 真は廊下を通って玄関の扉を開けた。


「はーいっ……ん? 管理人さん?」

「真ちゃん、おはようっ」

「お、おはようございます。あの、朝早くにどうしたんですか?」

「ねぇ、真ちゃん。ご飯もう食べた?」

「いえ、まだですけど」

「そうなんだっ。じゃあ、ご飯作ってきたから、一緒に食べよっ♪」


 と言う香織が抱えていたのは………………炊飯器だった。


 あぁ……ご飯って、そのままの意味だったんだ。


「えへへへっ」




「ふぅ……」


 真はパンパンになったお腹を撫でた。


 香織が持ってきたご飯の量は、合計で四合。


(大家さんのことだから嫌な予感はしていたけど……)


 案の定と言うべきか、ご飯はお粥に近い状態だった。


 当の本人はというと、『じゃあ真ちゃん、学校頑張ってねっ!』と言い残して、空っぽになった炊飯器を満面の笑みで持って帰っていった。


 大半のご飯を食べてもあの余裕っぷり。


(さすがだ……)


 どちらかと言うと、小食の真があの量を食べ切れるわけがないため、香織には驚きを通り越してちょっと引いた。


 ……今度はご飯の炊き方を教えるとしよう。


 出かける準備を済ませた真が玄関を出ると、隣の部屋から姫川ひめかわ先輩が出てきたのだけど。


「うぅぅ……」


 なぜか、姫川先輩は頭を両手で押さえていた。


「? おはようございます、先輩」

「!! おっ、おは…――っ!!?」


 突然、姫川先輩は口をパクパクと震わせた。


「どうしたんですか? もしかして、頭が痛い――」

「そ、そういうわけじゃ……ないよっ!!」

「でも、顔が赤いですし」

「…………っ」


 さくらが恐る恐る手を離すと、後ろの方の髪がビンッと立った。


 どうやら、寝癖を直すために必死に手で押さえていたようだ。


 さらにそれに加えて、真にこの姿を見られたことが恥ずかしかったのか、その頬が赤く染まっていた。


「うぅぅ……」

「えっと、そういうときは蒸らしたタオルで押さえれば、自然と直ると思いますけど」

「試したんだけど……」


 ダメだったということか。さて、どうしよう。


「ここでじっとしていたら遅刻してしまいますから、歩きながら…――」


「ふんっ、ふふ~んっ♪」


 そのとき、下の方から鼻歌が聞こえてきた。


 ん? このリズミカルな鼻歌は……やっぱりっ。


 さっき帰った香織が、いつものように下で掃除をしていた。すると、


「あっ、真ちゃ~んっ。さくらちゃん、おはよーっ。すごい寝癖だねっ♪」


 こっちに気づいて手を振ってきた香織からも、寝癖は目立っていたようだ。


「お、おはようござい…………香織さぁーーーーーんっ!」


 さくらは階段を下りると、香織に抱きついた。


「助けてくださ~い……っ!」

「え?」


 ……。


 …………。


 ………………。


 それから数分後。


「おっ、お待たせ……っ」


 恥ずかしそうに顔を俯かせたさくらと、香織が部屋から出てきた。


 寝癖の方は……おぉーっ。


 さっきまで目立っていた寝癖がキレイに直っていた。


「香織さん、ありがとうございましたっ!」

「ふふっ、寝癖全開で行くわけにもいかないもんねっ♪」

「今度っ、お礼に地元の苺を――」

「もう行かないと遅刻しちゃうよ?」

「!! えっ、もうそんな時間なんですか!?」


 さくらは慌てて腕時計に目を向けた。ちなみに、真の目は別のところに向けられていた。


「あの、先輩」

「う、うん? どうしたの?」

「ボタン、掛け違えてますよ? あと、リボンの向きもなんだか歪んでますし、スカートの裾も曲がっています」

「!?  …………っ」


 さくらは素早くシャツのボタンを掛け直して、スカートの裾を直した。ただ、リボンだけはうまくいかないようだった。


「すみませんが、ちょっと屈んでもらってもいいですか?」

「う、うん……っ」


 膝に手を置いて前屈みのポーズになると、ちょうどリボンに手が届いた。


 このときの真は気づいていなかった……。


 さくらの豊満な胸が両腕に挟まれて、窮屈そうにしていることに――。


「よしっ、出来ましたよ」


 向きも形もバッチリだ。


「あっ、ああ、ありがとう……っ」

「えへへ、どういたしまして」

「……なんだか、お母さんみたい」

「それはそうですよ、だって僕、ママですから」

「…………え?」


 もうさすがに行かないと、本当に遅刻しそうだ。


「管理人さん、じゃ行ってきますっ!」

「い、行ってきます……っ」

「二人とも、いってらっしゃいっ♪」


 香織に見送られながら、真たちは急いで学校へと向かったのだった。

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