彼岸花
赤猫
安らかでそして穏やかな死を
寿命が尽きる前に、苦しむ前に楽に死にたいと思ったことはありませんか?
そんな時は『彼岸花』へ。
店主である少女が貴方に優しい死を提供するでしょう。
「ようこそ本日はどのようなご要件で…と言いましてもここに来る人間は死を求めていらっしゃるんですけどね」
ふふっと口元を隠して上品に笑う赤い彼岸花がプリントされた黒い着物を着た少女はこの店の店主である。
優しく微笑む少女とは反対にスーツを着た青年は俯いて死んだ魚のような目をしている。
「では貴方のことを教えてください」
少女は懐から小さな手帳を取り出した。
その手帳には今まで店に訪れて来た人たちのことが記されている。
少女の気分次第で名前以外に好きな食べ物や趣味、好きな異性のタイプなどを聞いて書いている。
「
「はいはい…っと。好きな食べ物とかあります?」
「…それ聞く必要あるんですか」
青年は怪訝そうな顔をして少女を見る。
少女は「もちろん」と笑って言った。
「これから死に行く人間だとしても誰も貴方を知らないのは悲しいでしょう?だから私は覚えていてあげたいんです。ちゃんと生きていたよって証を残してあげたいと思ったんです」
「そうですか…ありがとうございます」
青年は少女にたくさんのことを話した。
自宅の近くにある定食屋の唐揚げがすごく美味しいだとか、家族がもう亡くなっていて居場所がないとか。
「…話を聞いてくれてありがとうございます」
「まだあるなら言ってくれてもいいですよ。死にたくなったら案内致しますので」
「あの…したいことでもいいんですか」
「もちろん」
「えっと、ご飯一緒に食べに行きませんか」
「構いませんよ。こちらで待っていてください外に出るにはこの格好は目立ちすぎますので」
少女は部屋を出た。
そして着物から白いワンピースに着替えた。
「お待たせしました」
「あ、いえ大丈夫、です…」
青年は部屋に戻ってきた少女に驚いた様子で目を見開いている。
「変でしたかね?」
「ち、違います!綺麗だなと」
「ありがとうございます。それでは時間は有限ですし、行きましょうか」
青年はある定食屋に行きたいと言った。
それは青年が好きな唐揚げを最後のに食べたいという願いだった。
「素敵なお店ですね、優しい店主さんがいてみんなが笑顔で」
「はい…ここのお店が大好きで居場所のない俺に店長さんと彼の奥さんがくれて」
青年は今にも泣きそうな顔をしている。
「優ちゃんとお姉ちゃん唐揚げ定食どうぞ」
「ありがとうございます」
店主の奥さんであろう女性が青年と少女のテーブルに唐揚げ定食を置いた。
「わぁ、美味しそうです…!」
少女は目を輝かせて目の前に置かれた食事を見る。
「いただきます」
青年は静かに手を合わせてから箸を持つ。
少女もそれに合わせて食べ始める。
「美味しいですね」
「はい…」
「本当に良いんですか、もういなくなったらこれ食べられませんよ」
「……」
青年の目は迷いがあるように見える。
しばらく目を伏せて深呼吸をしてから目を開けて少女に視線を合わせる。
「はい。一度決めたことですから後悔は…無いです」
「そうですか」
少女は感情のこもってない相槌を打った。
「ごちそうさまでした」
「優ちゃんありがとうね!また来てね待ってるから」
「坊主また来いよ!」
最後の挨拶だとも知らずに言う言葉に青年は心を痛めた。
もう二度度ここに暖かな居場所に戻れないのに。
これから死のうとしているのに。
店に戻ると重たい空気が部屋を埋め尽くす。
「もう一度だけ聞きましょう貴方に後悔はありませんか」
少女は最後の確認と言わんばかりに強く強く青年に聞く。
その問いに彼はゆっくりと頷いた。
少女は驚くことなく微笑んでいつもの言葉を口にした。
「では逝きましょうか」
少女は赤い扉の横にある箱からランプを取りだした。
マッチの火をつけてランプの中のロウソクに火をつけた。
薄暗い地下に向かう二人を止めるものはいない。
コツコツと歩く音だけが反響するだけ。
「ありがとうございました」
「何がですか?」
少女は青年の感謝の言葉に黒い瞳をパチパチと間瞬きさせる。
なぜ今そのようなことを言われるのだろうかと思っているのだ。
「最後の我儘に付き合ってくれて、ですかね」
「それが仕事なので」
「それでも感謝してます」
「…そうですか」
地下の奥に行くと大きな扉の前たった。
「ここを開ければ貴方の生は終わりを迎えます」
「はい…ありがとうございました」
青年は力なく笑って扉の中に入って行った。
「来世は幸せになれるといいですね」
少女の手には白い彼岸花が握られていた。
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白い彼岸花の花言葉
『また合う日を楽しみに』
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