生贄ちゃんはじっとしてない
兎壱にむ
第1話 神様への生贄になりました
北の大地の中央にディルマ国というところがあった。
北に位置する国ということで、豪雪地帯、貧弱な土地と
もともと土地柄も恵まれておらず、国民の生活は決して豊かではなかった。
この世界の各国では、不定期に厄災が訪れる。
天災、飢饉、魔獣襲来、何がやってくるかは予想できない。
そのため民は神にすがるしかなかった。そしてそれに呼応するように、各国には守り神とされる存在もあった。
ここディルマ国も同様に、山の神、ルード神がいた。
言い伝えでは、どの国よりも荒くれ者、容姿は山のように大きく、大きな目と鋭い牙が複数生えた裂けた口で、獲物をひとのみするという。
そんな恐ろしい姿だが、若い女性の生贄を捧げれば必ず厄災を払ってもらえた。
そんな生贄制度が根付く中、毎回生贄の選定には難儀していた。皆家族があり誰もが国のためとはいえ親族を犠牲にすることには前向きではない。それを打破するために国ではある制度が秘密裏に制定された。
この国には比較的大きな孤児院がある。
たくさんの孤児を受け入れ、その子たちの幸せを育み、また縁を結ぶための素晴らしい場所とされていた。
しかし、同時に子供たちは生贄として捧げられるための、いわゆる“ストック“になっているのだ。
これが国が秘密裏に定めた制度。それは国の王族と側近、孤児院長しか知らないことだった。
生贄としていなくなっても、養子縁組が決まったとしてしまえば何の問題もないからだ。
ここに”ストック”が1人。
リーティーは生まれたばかりの頃から孤児院にいる。
いつも俯き気味、言葉も少ない、控えめな性格だったので
とくに懇意にする人もおらず、孤児院内では孤立気味だった。
こんな性格なので養子縁組も成立しないままでいた。
「あの…お洗濯…終わりました。」
「ああ、ありがとう!いつも手際がいいわね。じゃあ、お昼ご飯の準備をお願いしようかしら。あそこのカゴにある山盛りのじゃがいもを剥いといて!」
「わ…かりました。」
こんな感じで会話の温度差はあるものの、皆はリーティーに一目置いていた。
料理や掃除の腕前は目を見張るものがあり、正直孤児院の運営には大いに助けになっている。
この孤児院の所属期限は18歳。それまでに子供たちは将来の道を考えなければいけない。
定職につき自分で生計を立てられる様になる、結婚する、養子縁組が決まる。
方法はいくつかある。
リーティーの期限が迫っていた。
来月には18歳を迎えてしまう。
孤児院のみんなはこのままリーティーにはここで働いてほしいと思っていた。
同じようにリーティーもこのまま働き続けることを希望していた。
そんな中、国の機関から孤児院に、厄災が発生したと連絡が入り、生贄を用意するよう通達が来たのだ。
今回の厄災は、国の水源に汚染物質が入り込み、間もなく水の供給ができなくなるとのこと。
このままでは蓄えている水も少ないのと、近隣の国から水を仕入れるにも、運搬費が重むというのもあり、国が危機に瀕することは明らかであった。
生贄は、国おかかえの占術師により指定されるのだが、
孤児院の運営者たちの願いも虚しく、今回はリーティーが選出されてしまった。
院長はリーティーを呼び出すと、悲しい気持ちでそのことを伝えた。
「リーティー、私は君には行ってほしくなかったよ。でも、国の決定には逆らえない。とても残念だが、お願いできるね?」
「はい…いままで…ありがとうございました。」
と言ったのち、コクリと頭を下げて院長の部屋を出た。
自室に戻ったリーティーは椅子に座り机に突っ伏した。
「…とうとう…とうとう…私の番…ルードさま…か…」
翌日早朝、鎧に身を包んだ騎士2人が孤児院にやってきて、
リーティーの部屋の扉を優しくノックする。
「はい。」
すでに準備を終えたリーティーが出てきた。
生贄の衣装といえば派手に着飾るイメージもあるだろうが、
シンプルな白いドレスに旬の花の花飾りがついたもの。それに自分の好きな髪飾りがつけられる。
リーティーの好きな髪飾りとは、星の形に見える結晶が閉じ込められた琥珀色の髪留め。
これは生まれた時に身につけられていたという彼女の宝物だ。
「行きましょう。」
「はい」
と、部屋を出る前にリーティーはベッドに向き、
枕元で優しく手を動かし
「じゃあね…」
と小さく微笑んだ。
「?」
騎士は一瞬わからなかったが、お気に入りの枕だったのだろうか、と思った。
騎士がエスコートし、リーティーは馬に乗る。
後ろに騎士の1人が座り、合図をすると馬は静かに歩き出した。
生贄が出される事が知られないように、見送りもない。
ふとリーティーが震えているのに騎士は気づいた。
10代の女性が生贄として祭壇へ出向く。
相当な恐怖だろう、騎士は生贄になるリーティーの気持ちを考えると
いたたまれなくなった。
声をかけたいがなんと言えばいいかも思いつかず、馬をすすめた。
民家がまばらになり、その先の草原を抜け、草木も少ない岩石地帯を越えてから、
少し開けた場所に到着した。
草木も豊かに生えており、目の前からは木々が重なり合うように密集している、森の入り口といったところだ。
その奥を見ると、見上げるほどの崖がある。
騎士は馬を降り、リーティーに手を添えてゆっくり降ろす。
その手から震えが伝わる。
「私たちはここまでです。」
そういって一礼した。
リーティーも丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございました…」
「では…」
送ってやることしかできない自分に情けない気持ちを抱きながらも
騎士は帰路についた。
騎士を見送った後、リーティーは森の奥へとすすんだ。
少し進んだくらいなのに振り返るともう森の入り口が特定できない。それくらい深い森だ。
あらかじめ聞いていたとおり、すぐ先に小さな洞窟があって、そこに丸くて平らな石の台座があった。ここが祭壇だ。
そこに座りルード神がくるのを待つそうだ。
ドサッ
リーティーはそこに倒れ込んだ。
「ふぅ…ふぅ、す、すごく辛かった…手とか、無し…」
心臓を押さえ、顔を真っ赤にして肩で息をした。
しばらく荒く息をして呼吸を整え、落ち着かせると
「座ろう…」
リーティーは台座に綺麗に座り直した。
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