第59話 ヤサカニの勾玉
「ユリーナ様~ぁ!」
「落ち着きなさいキララ。今こそ『例のアレ』を使う時ですわ」
泣きつくキララに、ユリーナが冷静な口調で何かしらの指示を出した。
「え、例のアレってなに?」
しかしキララにはその意図が伝わらなかったようで、真顔で聞き返している。
「この流れでアレって言ったら、アレしかないでしょう! 事前に渡しておいたアレですわよ、ア・レ!」
「アレ? アレ? アレ……ああ、アレね!」
「まったくもう、あなたって子は……いいから早く使いなさいな」
良く言えば
ちなみにこのコントのようなやりとりの間も、アリエッタとユリーナの激しい魔法の撃ち合いは続いている。
「はーい! うんしょっと」
ユリーナの指示でキララが胸元から、ネックレス状になった空色の勾玉を取り出した。
まるで夏の青空を閉じ込めたかのような澄んだスカイブルーに、俺は思わず目を奪われてしまう。
だがそれも一瞬のこと。
「秘密兵器なのか知らないけど、そんなアクセサリー1つで何をするつもりだ?」
今さら何をされたって、ここからひっくり返されることはないと思うが、念のため警戒しておくに越したことはない。
何か事が起こる前に攻めても良かったんだが、自重する。
決勝という大舞台のために用意したとっておきの秘密兵器が何なのかに、少しだけ興味もあった。
男の子心がくすぐられてしまったとも言う。
「ええっとたしか、使い方は……こうだったかな? 我が命に従い…………えっと、なんだっけ? まぁいいや、中略。魔を封じよ、ヤサカニの
一応の警戒をしながら様子見をする俺とは対照的に、キララが無造作に空色勾玉をコンコンと叩きながら、適当過ぎる呪文詠唱をした。
その瞬間。
フッと。
俺が構えていた神龍剣レクイエムから、一切の魔力が消失した。
より具体的に表現すると、普段は常に感じている『否定』の概念魔法が全く感じられなくなる。
そしてそのまま神龍剣レクイエムは薄れるように消えていった。
「なっ!? 今、何をした?」
「ふふふーん。これはね! なんと…………なんだったかな?」
「意味も分からず使ったんかい!」
「だってキララ、難しいこと分かんないんだもん! ユリーナ様ぁ、おにーさんに説明してあげてー!」
キララがまたもやユリーナに泣きついた。
「ああもう、わたくしも撃ち合いで結構忙しいんですのよ!? ふふっ、アリエッタ・ローゼンベルク。接近戦だけでなく遠距離戦もこれ程の腕前とは、さすがですわね。フリーズ・アロー!」
「ユリーナこそやるじゃない。放物線を描く曲射撃は、直射撃と比べて距離感と操作精度が一気に難しくなるわ。なのにほとんど狙いを外さない。正直見くびっていたわよ。さすがは氷属性なら右に出る家系はないと言われる名門リリィホワイトの秘蔵っ子ね。フレイム・アロー!」
「そちらこそ、わたくしがタイミングや速度を細かく変えても、迎撃射撃でことごとく落としてきますわよね。接近戦だけでなく遠距離戦もこの腕前。ローゼンベルクの姫騎士が代々ハイレベルなオールラウンダー揃いというのも頷けますわ。フリーズ・アロー・デュオ!」
「これくらい当然よ。フレイム・アロー・デュオ!」
「姉の七光と言ったのは取り消しますわ、アリエッタ・ローゼンベルク」
「私も、負けに来たのなんて言っちゃったのは取り消すわ、ユリーナ・リリィホワイト」
「うふふふ」
おおっ?
あっちはあっちで、なんか戦いを通して2人がお互いに分かり合い、認めあっている感じだぞ?
いいなぁ。
バトル漫画の定番だよなぁ。
……などと思っていた時が俺にもありました。
「ま、最後に勝つのは私だけどね」
「はあ? 勝つのはわたくしに決まっているでしょう」
「は? 何言ってるの? 私が負けるわけないでしょ。学年首席を舐めないでよね」
「このっ、これ見よがしに学年首席をアピールして……!」
「事実なんだから仕方ないじゃない」
「くっ、言うに事欠いて事実事実と……! 見てなさい、今日この場であなたを学年首席の座から引きずり下ろして差し上げますから!」
「やれるもんならやってみなさいっての」
「このっ、フリーズ・アロー!!」
「はん! フレイム・アロー!!」
前言撤回。
まったくちっともこれっぽっちも1ミクロンも分かりあえてないわ。
さすが対極にある炎属性と氷属性。
完全に水と油だった。
「ねぇ、ユリーナ様ってばぁ! 説明してあげてよぉ!」
「いやいや。撃ち合いで忙しいみたいだし放っておこうぜ? それにわざわざ種明かしはしたくないだろ?」
「もぅ、しょうがありませんわね。そんなに聞きたいと言うのでしたら、教えて差し上げますわ」
「結局するんかい……」
忙しいと言いつつ、説明をしてくれるらしいユリーナ。
キララのアホな言動にもちゃんと付き合っているし、説明したがりだし、ユリーナってかなり面倒見がいいよな。
というわけでユリーナの解説が始まった。
(もちろん撃ち合いを続けながら)
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