第23話 誇り高きアリエッタ

「私はユータのお世話係だもの。そしてこれは生徒会長命令で、なおかつ決闘で負けた敗者の義務でもあるわ」


「まぁ、うん。そうだな。でもそれが急にどうしたんだよ?」


「どうしたもこうしたもないでしょ。お世話係の私がベッドで寝て、お世話をされるユータを床で寝かせるなんて、そんな無作法をできるわけないじゃない」


「あーその、なんだ」

「なによ?」


「語弊があったみたいだけど、俺としてはお世話係にそこまでの強制力を求めているわけじゃないんだ。分からないことがあったら、その都度教えてもらえたら嬉しいな、くらいでさ」


 推しの嫌がることはしない。

 推し活の初歩の初歩だ。

 つかず離れずの適正な距離を心掛けることが大切なのだ。


「別に遠慮しないでいいわよ。これも勉強だと思って、誠心誠意お世話してあげるから」

「気持ちは嬉しいんだけど、俺は本当にそこまでは求めてないんだ」


 推しがどうのは置いといても、そもそも年の近い女の子を使用人みたいに扱うのは、一般庶民からするとかなり気が引ける。


「だから遠慮しないでって言ってるでしょ? そういうわけだから、私が床で寝るから、ベッドはユータが使ってちょうだい」


「いやいや、女の子を床では寝させられないだろ。これはアリエッタのベッドなんだから当然、家主が優先されるべきだと思うぞ」


 しかもアリエッタは俺の推しの子。

 推しの子を床で寝かせるなんて、とんでもない!

 その罪、万死に値する!

 いいや万死など生ぬるい、一億死に値する!!


 だけどアリエッタは、どうしようもないほどに強情だった。


「それを言うなら、私だってお世話しないといけない相手を、床で寝かせるわけにはいかないわ。ホストとして失格だもの」


「だから俺はそこまでのことは求めてないんだって。アリエッタは自分のベッドで寝てくれ。俺が床で寝るから」


「残念ながらその意見は聞けないわね。生徒会長命令と決闘で負けた敗者の義務をまとめて破ったとなれば、ローゼンベルク家の名誉にかかわるから」


「名誉とかまた大げさな……」

「大げさなもんですか。お母さまやお姉さまを始め、家名を高めてきたご先祖様にも顔向けできなくなっちゃうわ」


 それはもう真面目な顔をして言うアリエッタ。


「大丈夫、言わなきゃバレないさ」


「名誉は対外的なものだけじゃなくて、私の心の中にもあるの。誇りっていう形でね」


「それを言うなら俺だって男の子としてのプライドがある。自分がベッドで寝て、女の子を床で寝かせるわけにはいかない。これは俺の男の子のプライドにかけて譲れない一線だ」


「もぅ、強情なんだから」

「それはこっちのセリフだっての」


「いいから黙ってベッドで寝ると言いなさい。それですべて解決よ」

「黙ればいいのか、言えばいいのか。どっちなんだよ?」

「じゃあ言って」


「いや、言わん!」

「言いなさいよ!」


「なら俺が床で寝ると宣言しよう!」

「そうじゃないでしょ!」


 推しの子第一主義の俺と、実家の名誉絶対主義のアリエッタ。

 プライドとプライドが激しくぶつかり、火花を散らす。


 その後しばらく不毛極まりない平行線の主張をしあったのだが、先に折れたのはアリエッタの方だった。


「夜もけてきたっていいうのに、これじゃらちが明かないわね。はぁ、分かったわ」

「分かってくれたか」


「だって、このままだといつまで経っても寝られないでしょ? 頑固者な誰かさんのせいでね」

「ほんとアリエッタは頑固者だよなぁ」


「ユータのことに決まってるでしょ!」

 アリエッタがムキー!と吠えたてた。


「あはは……」

「まったくもう」


 でへへ。

 推しとマンツーマンでトークするのが楽しくて、ついボケを入れちゃったら、アリエッタに的確にツッコミを入れられちゃった。

 いやー、推しとコントをしてツッコミを入れてもらえるなんて、マジほんと楽しいなぁ!


「じゃあ俺が床で寝るな――」


 最高にいい気分でそう言った俺の言葉を、しかしアリエッタの言葉がさえぎった。


「だから2人で一緒にベッドで寝ましょう。そうしたら問題ないわよね?」

「……え? ……はい? 今、なんて??」


 アリエッタの発した言葉の意味がすぐには理解できずに、俺は思わず小首をかしげた。


 なんか今、2人で一緒にベッドで寝よう――とかそんな言葉が聞こえてきたんだが?

 俺はおかしな幻聴を聞いてしまうほどに、推しとのトークに浮かれてしまっているのだろうか?

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