第10話「アンタの気持ちは分かったけど、妊娠とかしちゃったら困るし……」

「さすがは名門ローゼンブルク家が受け継いできた、炎属性のSSランク魔法。ものすごい威力だな。だがしょせんはコントロールを失った失敗魔法だ。完全に完成したならいざ知らず、魂の抜けた魔法で、世界をあまねく照らす神龍精霊ペンドラゴンの聖光を、かき消せはしない――!」


 聖なる光が次第にその輝きを広げていき、それとは対照的に黒炎がみるみると勢力を失っていく。

 ほどなくして黒炎は完全に消え去り、少し遅れて、役目を終えた聖なる光もその輝きを消失した。


 神龍の名を与えられた偉大なる精霊ペンドラゴン。

 その光り輝く聖光が、地獄の業火を浄化しきったのだ。


 俺は、崩れ落ちるようにへたり込んだアリエッタに近づくと、また刺激することがないようにゆっくりと手を差し伸べた。


「よっ、大丈夫か?」

「……うん」


「どうだ、まだやるか?」

「ううん、いい。私の負けよ。あんな大魔法を使ったって言うのに、そんな涼しい顔をしてるんだもの。アンタってすごく強いのね」


「だから最初にそう言っただろ?」

「そうだったわね」


 アリエッタはそう言って俺の手を握ったものの、しかしなかなか立ち上がろうとはしない。


「どうしたんだ?」

「……それがその」


「?」

「だからそのっ! ホッとしたら、なんていうか、その、あの……腰が抜けちゃって……」


 かすれるような小声で言ったアリエッタの顔は、羞恥で真っ赤に染まっていた。


「ははっ、しゃーねーな」

 俺は屈みこむとアリエッタをお姫様抱っこして立ち上がる。


「キャーッ!」

「お姫様抱っこされてるー!」

「エモーい!」

「すごく強いだけでなく、あんなにお優しいだなんて」

「わたしユウタ様のファンになっちゃったかも♪」

「アリエッタずるーい♪ 替わって~♪」

「アタシもユウタ様にお姫様抱っこされたーい!」


 俺たちの戦いを固唾を飲んで決闘を見守っていたギャラリーから、さっきまでとは180度真逆の黄色い声援が巻き起こった。


「はわ――っ!? ちょっと、いきなり何するのよ、この変態! 強姦魔! これだから男は!」


 そしてお姫様抱っこで抱えられたアリエッタが――ギャラリーの声を聞いたからか――純情可憐な乙女な態度から一転、ハッと我に返ったように目付きを鋭くすると、俺の腕の中でジタバタともがくように暴れはじめた。


 しかし腰が抜けている状態では、大した動きはできないようで、すぐに物理的な抵抗を諦めて、プイっとそっぽを向いてしまう。


 くっ、なんだその態度!

 可愛すぎるぞ!

 さすが俺の推しの子だな!


 皆さーん!

 見て見て、見て下さーい!

 これがアリエッタです!

 ね、すっごく可愛いでしょ!?


 俺は今すぐにでも叫び出したい衝動をなんとか抑えながら、優しい笑みを作る。


「主席入学のローゼンベルク家のご令嬢が、いつまでもへたり込んでいたら、みんなに示しがつかないだろ?」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向くアリエッタに、俺はお姫様抱っこをした理由を説明する。


「だからって! やっていいことと悪いことがあるでしょ」


「そんなに恥ずかしがるなって。リューネのところまで行ったらすぐに下ろすよ」

「そういう問題じゃ――」


「大丈夫。俺の経験上、その頃には立てるようになっているから。だからそう騒がないでくれ。別に取って食おうってわけじゃないからさ」


 俺がひときわ優しく微笑むと、


「う、うん……分かった」

 アリエッタは妙にしおらしく、こくんとうなずいた。


 あれ?

 まだ本調子じゃないのかな?

 なんてことを思っていると、


「でもあの、アンタの気持ちは分かったけど、妊娠とかしちゃったら困るし……」

 アリエッタが突然、とんでもないことを言い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る