第6話 スカーフェイス

モモが暴走したせいで、大ピンチだ。

モモと一緒にいると、いつも何かトラブルが起こるから嫌なんだ。


その時、店の奥で今まで新聞を読んでいた大柄な男が、ゆっくりと立ち上がった。

新聞を丁寧に折り畳んでテーブルの上に置き、レジのほうに歩き出す。


「おいお前、動くなと言っているだろう。撃つぞ!」


アルカディアの男が大声で言うが、男に足を止める気配はない。


「貴様!」


アルカディアの男は、歩き続けるその男に殴りかかり、男のサングラスがはじけ飛んだ。


男の左の頬には大きな傷があって、只者ではない眼光を放っている。


殴られたことなどまるでなかったかのように、微動だにせずレジのほうに歩き続ける。


「ロキ教官!」


モモが言った。


「どうやら死にたいらしいな。」


アルカディアの男達はロキに銃口を向けた。

客たちから悲鳴が上がる。

ロキは眉一つ動かさず、歩く足を一切止めようとはしない。


「あの顔の傷、、、もしやロキ・キーンでは?」

「ロキ・キーン・・・ケルトの死神、レンジャー部隊長のロキか。」


「行くぞ!」


「はい!」


男たちは、まるで見てはいけなかった物を見たような顔で、転がるように店を出て行った。



「お前たち、ここで何をしている。」

ロキは鋭い眼光でふたりを睨みつけている。


「店に入って来た時、俺がいたことにも気が付かなかったな。」


「すみません。話に夢中で。」


「非番の日でも、軍人は常に周りの状況を見ておくことが必要だと、あれほど訓練で言っているだろう。この辺りは物騒だ。今日はもう帰りなさい。」


「分かりました。失礼します。ありがとうございました。」


リコとモモは丁寧にお辞儀をしながら、足早に店を出た。



夕暮れ時、行きかう人々は我先にと家路を急いでいる。

帰り道の電車の中で、リコは今日の出来事を思い返していた。

何も出来なかった自分が不甲斐なかった。いつかロキのような人間になりたい。大切な人を守れる存在になるのだと決意した。


「俺明日からまた訓練頑張るわ。やっぱロキ教官はすげーよな。」


「・・・」


「おいモモ、聞いてる?」


モモは真っすぐに前を見つめ、目に涙を溜めていた。

今日の自分のミス、ロキの言葉が胸に刺さったのだろう。モモはああ見えて、頑張り屋で根はまじめなのだ。


「モモ今日のことは気にするなよ。また明日から一緒にがんばろうぜ。」


「え?ごめん何?」


イヤホンを外すモモ。


「今ケータイでドラマ見ててさ。恋愛列車の最終回泣けるよねー。」


「???」


「そういえば、今日のロキ教官鬼こわかったね。まじこわ(笑)」


「・・・。」


前言を激しく撤回だ。


「そういえば、リコのお父さんってレオ・バルトなんでしょ?びっくり!」


「まあ、そうだけど。」


「だからリコは射撃がうまいのね。ケルトの伝説的なスナイパーの血を引いているから。」


「まぐれだよ。父さんから教えてもらったことはないんだ。」


「そんなことよりモモ、さっき裏切り者の話をしていたよね。」


「ケルト軍を裏切ってアルカディアの夜明けを率いているって人の話?」


「そう。それ聞いて父さんが言ってたこと、うっすら思い出したんだよな。」


「俺がまだ小さかった頃、父さんと一緒に風呂に入ってたんだ。」




「リコ、学校で仲のいい友達はいるか?」


「いるよ。ブッチとか、カルバーニとか。」


「自分の周りの人たちの些細な変化に気づける人になるんだぞ。」


「うん。」


「父さんは仲間の変化に気づけなかったんだ。いや、気づいたときにはもう遅かったといったほうがいい。」


「どうゆうこと?」


「お前には少し難しいかもしれないが、父さんの信頼していた仲間が裏切ったんだ。

情報と金を持って敵国に寝返った。でもそいつにもそれだけの事情があったんだ。」


「よく分からないよ。」


「リコ、今は分からないかもしれないが、これだけは覚えておいてくれ。もしどこかで左の手首に六芒星の入れ墨が入っている男を見かけたら、決して近づいてはダメだ。すぐに父さんに知らせるんだぞ。いいな。」


「分かったけど、六芒星って何?」


「三角形を上下に組み合わせた星印だな。こんなやつだ。」



「そう言って、父さんは風呂場の鏡に六芒星を描いて見せてくれたんだ。」


「そんなことがあったのね。その入れ墨の男、アルカディアの夜明けと関係があるかもしれないわね。」


「どうして?」


「六芒星って、アルカディアの夜明けのシンボルマークだからよ。」



二人が話しているうちに、電車はリコが降りる駅に停車した。


「そうだったのか。じゃあモモ、また明日な。」


「また明日ね。」



リコが電車から降り、扉が閉まる寸前、一人の男が電車から降りた。


背が異様に高い。瘦せている体を隠すかのように大きな黒いロングコートに身を包んでいる。目深に被った帽子の下から覗く目は氷のように冷たく、左の手首には包帯を巻いている。


「リコ・バルト・・・。」


小声で呟きながら、改札を出て家路を急ぐ人々の波と夜の暗闇の中に、その男は消えていった。

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