「不死症」 剣の杜

@Talkstand_bungeibu

第1話

「それ」はある頃から、感染症のように人類に広まっていった。通称「不死症」。文字のごとく、死ななくなる病、いや病といっていいのかすら分からない症状だ。患者の特徴として細胞のテロメアが短くなることがなくなり、つまり細胞の老化がなくなることで実質不老となり、また全身の細胞に万能細胞が宿り、致命傷であっても時間さえかければ完治してしまう。死は進化であるという考え方があるが、その考え方からすれば人類は進化の先に到達したと考えることが出来る。だが、これに反比例するように減少したものがある。出生率だ。数が減らない以上、人口の増加がこれまでと同じペースで進めば、食糧難などの問題が発生することは想像に難くない。恐らく不死症の代価がこれなのだろう。

 それはさておき、多くの人間は病や死の恐怖から解放され、歓喜に沸いたがそうでない人間も、当然のごとく存在した。

 いじめられているもの、ブラック企業の社員、社会的落伍者、ホームレスなど、死んだ方がましな生活を送っている人間たちだ。どこかで、死ぬことで終わりを迎えられる、安らかに終われると思っていた人生が永遠に続くのだ。首をつっても苦しいだけ、電車に飛び込みバラバラになっても激痛の中、体は再生し、極寒の冬に外で眠りについても凍死するどころか冬眠状態になってしまう始末。逃げ場所を失った人間たちは正気を失いかけた。それと同様に、この不死症によって苦しんでいる人たちがいる。それは、大量殺人などの犠牲者の遺族だ。死刑判決が出ていたが、犯人は死刑を執行しても死ぬことが出来ず、結果無期懲役にしかならない。家族を一方的に失い、咎人が永遠の命を得るこの理不尽に遺族たちは神や仏に怨嗟の声を上げた。

 この2種類の人間たちの声が届いたのか、不死症の人間を殺すことが出来ることが発覚した。それは、太陽の炎で焼き尽くすこと。万能細胞も再生を許さないほどの火力で焼ききってしまうことだ。通称「焼滅刑」、これが最初に執行されたのは意外にも日本だった。死刑囚と、自殺を望む10人をロケットに乗せ、太陽へと発射したのだ。結果はおそらく・・・・成功、ロケットは気化し跡形もなくなったのだから、搭乗者も同様というのが世間の意見だ。これに続き、各国が続いて焼滅刑を実行していった。その数は非常に多く、死刑囚よりも自殺を希望する人間が多かった。ある宗教家はその現実を目の当たりにしてこう言ったそうだ。


「死という終わりがあったからこそ、人間は必死に生きていけたのかもしれない。死がなければ、それは緩やかな衰退とかわらないのではないだろうか」


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