subarasikihibiyo

エリー.ファー

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 透明なグラスの中に自分の姿を閉じ込めると、まるでまじないのようになって年を取らなくなると友達に言われた。

 きっと、嘘だ。

 そんなものは、魔法だ。

 絵空事でしかない。

 私は信じなかった。

 けれど、やってみるだけ。試してみるだけなら、無料なのである。リスクがあるようなわけもなく。

 じゃあ、私は自分の時間を浪費してまで、この行動に何か利益が発生すると信じているのか。

 いやいや、まさかまさか。

 やめてくださいよ。

 そんなわけないでしょうが。

 私は、透明なグラスの中に自分を閉じ込めることにする。

 結局、何も起きないのだ。

 そして、四十二歳。

 年相応の見た目になった私がここにいるばかり。


 こんなまじないがあると聞いた。

 麦茶をこぼして、それを麦でふき取ると願いが叶う。

 そんなことがあるわけがない。

 でも、こんな夢の叶え方にもすがる人間が出てくるのだろうな、と思ったりもする。

 自分の人生で、何もきっかけを作り出すことができなかった人間たちは、どこからの誰かが口走った、意味のない行動をなぞるしかなくなっていくのだろう。

 それは不憫極まりない。

 では、助けるか。いやいや、もちろん助けない。

 重要なのは、そこで自分の足がどこまで進んでしまったかを理解できなかった側の問題なのだ。悪意は確かに根絶すべきものと考えた方がいいだろう。しかし、悪意があると必ず躓く、もしくは、その悪意に蝕まれる可能性が高いのは、本人の問題であるし、自己分析をして解決するべきだろう。

 私は、私がまだまともな方だと思っている。

 もしかしたら、と考えてしまう時もある。

 でも、もしかしたら、から始まる自分の現在や未来を想像できるだけでも、まだましなのだと思っている。

 確信を持ちたいと思っている。

 私はいつから、私よりも下を蠢く生き物を見て満足するようになったのだろうか。私の中にある黒いものが、自分よりも肥大化した時にコントロールできるのだろうか。それは、誰かから教えられた不安ではなく、自分で、作り出してしまった仮想敵なのか。

 それとも。

 私は、私が思うよりも賢く、自分のことを信じているというのだろうか。

 ないものねだり。

 私の耳は、自分にとって大切なものだけを受け取るためだけに存在していて、それ以外の使い道を与えていない。例えば、目の前に、自分よりも明らかに結果を出している存在がいたとしても、その成果を信じることができないし、自分の立ち位置を上位に持って行くしかない。

 生き方が分からない。

 自分が無能に生まれたという事実を、私自身が理解してしまう日が来ることが怖い。

 本当に才能があって、本当に実力があって、本当に結果を出しているなら。

 そう。

 そうなのだ。

 何年も、ずっと、同じところにいて。同じ顔触れの年上と、同世代と、年下に囲まれているわけがない。

 だって。

 自分も含めて。

 ここにいる人たちは。

 皆、才能がないのだから。

 才能がないのにプライドが高いから、ここから出られないだけで、どこかに挑戦する力も失って、キャリアだけ重ねているだけで、意味などないのだから。

 ここにいるということが。

 本当は。

 無能という何よりの証明になってしまうのだから。

 分かっている。

 分かっているとも。

 だから、プライドだけ高くなってしまったこともそう。

 ここを出て結果を出してしまった人間を認められないのもそう。

 ずっと、ここにいる自分の未来を想像して軽く絶望するのもそう。

 全部、そう。


 まじないが欲しい。

 まじないを使わせてほしい。

 こういう現実を忘れられるまじないが欲しい。

 セックス。

 酒。

 セフレ。

 浮気。

 煙草。

 暴食。

 ドラッグ。

 パパ活。

 いじめ。

 パワハラ。

 セクハラ。

 全部、そうではないか。

 この世界がバグっているから。

 こんなに大変な世界なのに。

 こんなにも複雑で、答えがすぐに見つからない世界だというのに。

 簡単な攻略の道を置いていないから、いけないのではないか。

 何もないから。

 お助けアイテムも。

 課金も。

 救済もないから。

 まじないが存在しないから。

 そのせいで。

 そのせいで。

 そのせいで。

 あんなものにまで手を出すことになって。

 そう、違う。

 あれは、全部違うのだ。

 だって、ああいうことをしてしまったのは、私の、僕の、俺のせいではない。

 だって、そういう世界なんだから。

 しょうがないじゃないか。

 そうやるしか、自分の中のものを消化できないんだから。

 セックス。

 酒。

 セフレ。

 浮気。

 煙草。

 暴食。

 ドラッグ。

 パパ活。

 いじめ。

 パワハラ。

 セクハラ。

 これをやるしかないではないか。

 こっちだって、やるしかなかったのだ。

 しょうがないじゃないか。

 だって、こういう世界なんだから。

 やめたいよ、こっちだって。

 ずっと、昔から悔いてたよ。

 また、やってしまった。

 誰かを潰してしまった。

 あぁ、気が付いたら加害者になっていた。

 被害者を生んでしまった。

 でも、違うじゃん。

 そういうことじゃないじゃん。

 だって、私たちが悪いわけじゃなくない。

 だって、こっちも一生懸命なわけだし。

 みんな、必死じゃん。

 その中で、偶然そうなっちゃっただけで悪くないよね。

 悪くはないでしょ。

 そうだよ。そういうもんなんだから。

 こっちが、頑張った結果、運悪く、偶然、どうしようもなく、なんとなく、ただの気まぐれで、こうなっちゃったわけだし。

 それって、ほら。

 そういうあれでしょ。

 そういう悪いとかじゃないじゃん。こっちの悪いとか、いけないとか、ちゃんと考えてなかったとかじゃないから。

 うん、そうだよ。

 それだよ。


 あっ、よかった。

 めっちゃ使いやすい言い訳見つけた。

 うわー、これで逃げられるよー。

 超ほっとしたんだけど。

 最初、どうしようかと思ったんだよね。

 だってさ、このままだったら悪いのこっちになるじゃん。

 じゃあさぁ、まぁ、なんていうかこっちも悪いことしたけどさ。できるだけ、あっちの悪い所を、それっぽく、大きめに言えばいいじゃん。ね。そうしたら、ほら、嘘はついてないもん。嘘じゃないから、やってるのは本当だから。まぁ、あっちがその気でやってたとか全然、わかんないけど、あっちは言う気がないみたいなんだし、めっちゃ丁度いいじゃん。そうしようよ。ここは、そういう感じでやれば上手くいくって。間違いないって。だって、本当のことだけで、ちょっと、強めの言葉をニュアンスとかぼかしながら言えば、こっちの関係性とか全然わかっていない人たちからしたら、悪いのはあっちになるじゃん。完璧だよね、これ。やったー。逃げられる。

 全部、押し付けて逃げられる。

 よかったー。


 大正義、大逃走、完璧花丸人生ゲットー。

 逃げ切り、最高。

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