狙撃手
水野スイ
狙撃手ーシベリアの冬に
誇り高きシベリアの夏は去った。
荒廃する白銀の世界にしたたり落ちる赤い血痕は。
ただ息絶え、ただ生きたいと願った者たちに捧げられるはずだった。
今この世界は絶望に満ち溢れている。
「よお、元気そうだな。血もしたたるいい男かい」
右肩を失い血がドクドクとしたたる。右腹部に大きな穴をあけて、若者は森の中へと身をひそめていた。そこに熊のように大柄が男がやってきて、そう若者に告げた。
「ッ…元気?ああ元気さ、見ての通りこのザマさ」
若者は息を切らし、自分の周りの雪が赤色に染まっていくのを眺めた。
「フンボルト大佐は我々を見捨てたようだ。カノーヴァー連合軍は撤退した。撤退命令が出てた」
「知っている。お前は…連合軍のはずだろ、どうしてここにいる」
「フンボルト大佐が嫌いでね。ちょいと、そうだな、人助けだ」
「はッ…フンボルトが嫌い?お前はルシエル派信者では無かったか?」
「そうだ、そのふりをしていた。俺はスパイだったのだよ。長年」
「ではこの場所に、フンボルトが来るのを知らせたのもお前か」
男はそうだ、とうなずいた。
「…そして俺をどうする」
若者は男を睨んだ。
「良い練習台を探している。俺は狙撃手なんだ。凄腕のね」
「人助け?人聞きが悪いな。失せろ」
「…ただの練習台じゃない。ある薬だ。ある薬の練習台だ」
「痛みはあるか?」
「ない」
「…」
「そしてお前は死なない。永遠に」
若者は、わけがわからない、とため息をついた。そして徐々に血が固まっていくのを感じ、体の感覚がなくなっていった。
「お前は、ドゥルカマラを観たことはあるか…?あの美しい惨劇を」
「それはなんだ?聞いたことも無い。だからなんだ、何が言いたい。薬といい」
「今この時代には無いのさ…もし観ることがあれば、フレルツェルナ大統領をその場に導いてやれ。まあ、君にしよう。遠くから狙うから。逃げるなよ」
「誰だそれは?毒殺か?はやく、殺せ。はやくしろ」
男は10mほど離れ、若者を狙った。引き金をてにかけた。雪がさらに舞い、2分ほどの沈黙が続いた。
「はやくしろ」
「…俺はね、スパイだ。そして狙撃手だ」
「それはもう聞いた」
「お前と同じように右腕を無くした。25年前。この場所で。俺はもうこの体で200年生きている。なあ、分かるかこの苦しみが」
若者はこの男は気が狂ったかと、茫然とした。
「その時の狙撃手にこう言われたんだ。俺たちは未来の産物だと。そして過去の遺物だとね。意味が分かるか…?俺もまたこの薬で生きてきた」
「わけがわからない」
「不老不死というのはね、思ったよりも辛くはない。もっと辛いのはとうに死んでしまった自分の心だったのだよ。…いいか。フレルツェルナ大統領だ。絶対に忘れるな。奴をおびき出し、ドゥルカマラを観るんだ。すべてが分かる」
「おい。あんたはなんなんだ。何を言ってるんだ」
雪がピタリと止まり、男は銃を撃った。弾は若者に剣のごとく、突き刺さり貫通した。その瞬間に男は自殺していた。
意識は薄れていく。若者は木にもたれかかり、雪がふたたび降り始めたのを観た。そして目を瞑った。いつまでも、男の、あの声が響いた。
”もっと辛いのはとうに死んでしまった自分のこころ”
若者は眠るように息絶えた。
それから、シベリアに50回目の冬がやってきた時のことだ。
若者は、ふたたび目を醒ました。
若者は何が起こったのかと、周りを見渡すと50年前に…自分を撃った男が白骨化していた。本当だったのだ。あの男が言っていた、死なない薬というのは。
そして、衝動的にあの男に言われたフレルツェルナ大統領と、ドゥルカマラという言葉を探し求めることにした。
狙撃手 水野スイ @asukasann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。狙撃手の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
息をしたい/水野スイ
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます