デモニック・リベリオン 〜悪魔憑きの少年と無垢なる少女〜

咲宮 綾

序章 嵐の中で


 ──苦しい。息ができない。


 肺は痙攣、脳は痛みを以って酸欠という命の危機を必死に伝えてくる。


 歪む視界、明確な殺意を持って自身を溺死させようとまとわりついてくる大質量の水の向こうには、一つの影が揺蕩っている。


「──そろそろ息が切れる頃合いかと思ったが、存外しぶといな。もう貴様にその檻から抜け出す方法は無い。いい加減敗北を認めて楽になったらどうだ?」


 ──天使。腰の上部から飛び出した一対の翼と頭上で煌めく光輪を揺らめかせながら、人類の絶滅を図る異界からの使者がそう嘯く。


 結界に包まれ、暴風雨に晒されている住宅街の上空。吹きすさぶ強風や打ち付ける雨を意に介した様子もなく、当然のように空中で浮遊している天使と相対しているのは、彼の操る術式によって宙に浮かぶ水球の中に囚われている一人の少年。


 少年の目は未だ死んでいない。しかし、天使の放った挑発じみた発言の通り、現状彼がこの拘束を抜け出す手段を持っていないのもまた事実だった。


 この水球は少年が手足をばたつかせた程度で脱出できるような代物ではない上に、少年が自身の内で練り上げた魔力──天使の操る聖気と対をなす異能の力──は体の表面にまとわりつく聖水に触れた瞬間に浄化され、効力を失ってしまう。


 唯一、この状況を打破できる手段を持っているかもしれない、少年の内に巣食う悪魔は、彼の内側からニヤニヤと嗤いながら少年の窮地を眺めているだけ。


(くそっ、本格的に意識が……)


 朦朧とし、靄がかかったように霞む少年の脳裏に浮かぶのは、ここ数日間の記憶の断片。


(──ああ、これが噂に聞く走馬灯ってやつか)


意識が暗闇に飲まれる瞬間、少年の頭に浮かんだのは、ずっと己のそばで寄り添ってくれていた金髪の少女の姿だった。

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