衛森康助の事情

「すみません、待たせてしまって。さあ、行きましょうか」


「あ、ああ……うん」


 夜分遅く、少女と少年はとある公園にて待ち合わせていた。少年の名は衛森えもり康助こうすけ……改造を施された違法サイボーグである。


 少女は支倉はせくら麻伽まか。その違法サイボーグを取り締まる魔法少女である。たった今、先ほど捕まえた違法サイボーグ三名を警察署に預け、康助のもとに合流してきたところである。


「ええと……支倉、さん? 自分で言うのもなんだけどさ……俺って違法サイボーグ、なんだよな? よかったのかな、これで」


「それはまだわかりません。これから判断します」


 康助は不安で仕方なかった。咄嗟に麻伽を庇って飛び出したことに後悔はないが、それでも自身が改造手術を受けていることが魔法少女にバレてしまった。戦っても勝ち目があるとは思えず、文字通り彼の処遇は麻伽の手にかかっている状態だ。


 その麻伽の方はというと、先ほどから表情を崩さず冷静だ。少なくとも、すぐに康助をどうこうするつもりはないらしい。


「……事情を知りたいんです。確かにあなたは違法サイボーグなのかもしれませんが、その力を使って犯罪に手を染めたとは思えません。もちろん、これから犯罪者になるような人だとも」


 違法は違法、本来なら国の許可なく肉体を機械化するというだけで犯罪である。先ほど送検した三名とともに、康助を引き渡すことが、魔法少女的には正しい行いであるはずだった。


 だが……支倉麻伽は知っている。違法サイボーグのほとんどが、職を失い貧困に喘ぎ、どうしようもなくなって行き着いてしまった人たちなのだと。おそらく先ほどの三人も、元々はそうだったのだろう。麻伽は違法サイボーグになったことそのものよりも、その後の振る舞いで善悪を判断すべきと、そう思っている。


 その点で言えば、康助は改造こそされているものの、その力を悪用していたようには思えない。むしろ、他のサイボーグから追い回されていた被害者でさえあった。兎にも角にも、その経緯を聞いておかなければ、とても警察には引き渡せない。


「事情……か。信じてもらえるかわからないけど、俺は……自分から望んでサイボーグになったんじゃない」


 果たして麻伽の予想は当たっていた。だが、そこはさして驚くべきことではない。


 そもそも、康助はどう見積もっても高校生以上の年齢に見えないからだ。未成年の違法サイボーグとなると話は変わってくる。それこそ、周囲に振り回されてしまったパターン等が考えられるのだ。


「あなたのような違法サイボーグは、ここ東京には溢れるほどいるんです。その話、私は決して疑いません」


「やっぱり、聞いてた以上に治安悪いんだな、東京って……あ、察しの通り、俺はここ最近東京来たばっかの田舎者でさ。来たくて来た訳じゃないんだけど」


「でしょうね。仕事を求めて上京する人は未だに多いですけれど、衛森さんの年齢でそれはちょっと考えられないですから」


「そこもお見通しってわけか。実を言うと、俺も訳がわからないうちに連れてこられたんだよ。で、変な施設に入れられて……なんでも、離婚した別居中の父ちゃんが借金のカタに俺を売ったんだと。それから、体に馴染ませるように少しずつ各部位を改造して……つい一週間前に、俺を改造した博士っぽい人が隙を見つけて逃してくれたんだよね」


 康助の境遇は、おおよそ麻伽の相続した通り。やはり、本人には責任が無いパターン。一応、数は少ないとはいえ、このように親に売られて違法サイボーグになってしまった未成年の被害者という例は、これまでにもあった。


 しかしそうなると、どうして康助は追手に狙われていたのか。康助の話に、特別おかしな箇所はなかったように思える。


 本人も善性の人間であり、犯罪とは無縁。施された改造も、人工筋繊維の移植による筋力増強、その筋力に耐えうる強度にすべく液体金属でコーティングした骨格、防刃防弾あらゆる耐性を誇る皮膚くらいのもの。刃物や銃火器などの武器類は一切装備していない。


 つまり、逃したところで大した脅威でもなく、捕まえても大した戦力にならない。組織に関する情報も持っていない。わざわざ追手を差し向ける理由が、どうしてもわからない。


「……支倉さん? なに、なんか俺、変なこと言ったかな……?」


「いえ……なんでもありません。お辛かったでしょう、わざわざ話して下さり感謝します」


 理由の方はともあれ、彼が狙われているのは事実。このまま放ってはおけない……とならば、支倉麻伽としてすべきことは一つ。


「衛森さん。その境遇では行く当てもないでしょう。私の家に来ませんか?」


「えっ⁉︎」


 康助は流石に驚きを隠せなかった。まさかいきなりそんなことを言われるとは思ってもいなかった。急展開に脳が追いついてこない。


「決してあなたにとっても悪い話ではないはずです。衛森さんを違法サイボーグとして拘置所に引き渡すのは簡単ですが……自由はないでしょうし、何をされるかわかりませんからね。なので、私が責任を持って保護させていただきます」


「えっと、まあ……すごくありがたい話ではあるんだけども、流石にそれは気が引けるな……」


 いくらお相手側からの提案とはいえ、年頃の異性の自宅に転がり込むのは抵抗がある。しかも相手は年下、なおさら罪悪感が増す。


 だがはっきりと断り切れないでいる自分もいた。もう慣れはしたが、ホームレス生活から脱却できるチャンスでもあるからだ。優しさにつけ込むようで、そんなことを考えてしまう自分のことも嫌になる。


「家のことはお気になさらないでください。兄の使っていた部屋が空いていますし、母は必ず私が説得しますので」


「それもあるけど、それだけじゃなくてね……なんて言ったらいいのか」


「いいんです。私があなたを放っておけないだけですから。さあ、行きましょう、衛森さん」


 そう言って、麻伽は強引に康助の手を引き歩き出した。手のひらは柔らかく、どう見ても華奢な体なのに、やはり魔法少女故か思った以上に力強い。


 自分より小柄な少女に手を引かれることに多少の気恥ずかしさはあったが、100%善意の行動とわかっているので振り解くのも忍びない。康助はされるがまま、その案内を受け入れたのであった。

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C×M 〜サイボーグと魔法少女〜 遊佐慎二 @yusashinji

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