第6話

 三木 崇彦には家庭教師がいた。

 小学校の折、不登校になって塞ぎ込みはじめた息子を心配し、勉学に勤しませる為に両親が雇った大学生の男は、とにかく破天荒であった。

 植物図鑑を片手に現れた役者の様な端正な顔立ちの彼は、歓迎パーティの折に出されたワインを一気飲みすると、その日の夜、三木の母親と肉体関係を持ち、幼い少年に折檻を働いた――というのも、三木少年が家庭教師に対し、ふざけた態度を取り続けていたからであったが、兎に角、その男は常識に囚われない異常者であった。

 三年間浪人して、三流大学に入った、と語る彼の教育方針の根幹には、暴力が根付いていた。

 虐めに苦しみ、自殺を図ろうとしていた三木少年を殴り飛ばすと、煙草の火を少年の手の甲に押し付けて、彼は言った。「痛いか、その痛みを忘れるな。それが生きているという事だ」――それは、幼い少年にとって、何よりも鮮烈な体験であった。

 こうして、三木家を滅茶苦茶にした男は、いつの間にか飄々といなくなり、何処かへと消えていった。

 ただ、三木 崇彦の心中には彼の言葉と折檻が酷く焼き付いていた。

 そんな夏休みの折、三木少年は家庭教師の男と再会する。死体としてであった。

 ある高層マンションの屋上から飛び降りた彼の思惑は知れないが、三木はひとつの考察に至った。

 そう言えば、と彼がどうやって生活費を補っているのか質問した時、風俗嬢のヒモをしているとさらりと言い流していたのを思い出す。

「ああ、切れたのか」と、他愛も無いなと独り言ちて三木はテレビのチャンネルを変えた。

 最近はBUMP OF CHICKENも聞かなくなった。BUGER NUDSや、Syrup16gやら、ART-SCHOOLやらが彼の心の拠り所になりはじめていた。

 そして、何事も無く夏休みが終わった。


 恙無く始業式も終わり、クラスに生徒たちが集う。

 担任の桜井から、転校生の紹介があった。

「今日から、みんなの友達になる。山田 裕介くんです」

 扉の向こうからやってきたのは、大人びた雰囲気で、都会的な匂いを醸し出す、端正な顔立ちの少年であった。

 女子生徒から黄色い声が上がる。

 男子生徒たちは皆、つまらなそうな顔をした。

「山田 裕介です。趣味は絵を描く事です」

 それから、山田裕介は「先生、チョークを借りても?」と一声掛けると、黒板に漢字で「人」と書き出した。

「えー……。人という字は、人と人が支え合って出来ている――わけではありません。人間を模した象形文字です。いいですか、皆さん。僕は群れる為に、この学校に来たんじゃない。人間は一人で立てる。友達なんて要りません」

 教室中がざわめいた。桜井は状況を変えようと、取り繕った様に言う。

「そ、それじゃあ、裕介くんは、奥の、三木くんの隣の席ね」

「はい」

 三木は隣に座った山田裕介を睨み付ける。

 それは、自分のテリトリーをおかしかねない存在が現れたという、本能的な危機感からであった。

「君、名前は? 三木ー……なんていうの?」と山田が訪ねる。

 三木は質問の内容を無視して、こう答えた。

「いいか、俺がこの学校の支配者だ」

 頓珍漢な答えに、山田が吹き出す。三木は更に機嫌を悪くした。

 終いに、山田は三木の付けている象のピンバッジを見て、こう言った。

「幼稚園児みたいでダサいよ」

 明らかに、二人の相性は最悪であった。

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