第2話 魔獣少女が生まれた日

 わたしは、追われていた。何に、と言われると困る。


「待、て、来栖クルス仁絵ヒトエ。話、を、聞いてくれ」


 不審者じゃない。というか、わたしを追っているのは『人』ではなかった。ニョロニョロしていて、モコモコしている。しかも、言葉まで話せるみたい。


「どっか行ってください!」

「待、て!」


 カタコトのような感じで、その異形はわたしに何度も問いかけてきた。


 黒い影のようなモノとしか、形容できない。確かなのは、その影は言葉が通じて、実体があることだけ。黒い物体に追いかけられているとしか、形容できない。なにあれ? ちょっと前にやってたアニメのキャラ? あれもっとかわいかったよね!?


「はあ、はあっ!」


 早い。家の近所にあるトンネルで後をつけられて、こんな見知らぬ脇道まで入り込んでしまった。家に帰っていたはずなのに! 道を間違えた覚えはない。


 気がつけば、廃工場の内部にまで追い込まれていた。


「誘い込まれた」と気づいたときには、もう遅い。ここは、彼らのテリトリーなのだ。


 ラノベやマンガの見過ぎと思うかも知れないが、オタであるわたしには、そうとしか言い表せない。


「助けてくださいぃ……」


 とうとう、壁際まで追い詰められてしまう。行き止まり。自分の人生も。


 一六年の人生で、一番怖い。


 幼少期、ダンプにはねられそうになったときも、父がかばってくれた。母に頭が下がらないが、警察官である父は、今でも自分にとってヒーローだ。


 中学時代、クラス一イケメンからの告白を断って、彼を狙っていたギャル軍団に因縁をつけられた時も、友だちが助けてくれた。高校に上がった今でも、彼女は親友だ。


 でも、今日は誰もいない。わたしひとりで乗り越える必要がある。


 しかし、どうやって戦えば? 自分には魔法なんて使えない。


「こ、来ないでくださいぃ」


 手近にあった鉄パイプを、ニョロニョロに向かって振り回す。手応えなし。


「あっ!」


 モコモコに投げつけたら、鉄パイプが貫通した。


 せっかくの武器を、手放してしまう。


 ニョロニョロのシッポが、わたしの前髪をかきわけた。


 わたしはいわゆる、「メカクレ」という髪型にしている。それ以外は、普通のショートボブカットだ。ただし、目を片方だけ隠している。生まれついてのオッドアイを、隠すためだった。片目が金色をしている。だが、視力は常人と変わらない。


 黄金のオッドアイを見つけて、ニョロニョロの動きが止まる。


 ブクブクという音が、ニョロニョロの皮膚から漏れた。どうやら、体表全てに口があるらしい。「マチガイナイ」と聞き取れたが?


 ニョロニョロした身体が、先端の尖ったムチの姿を取る。尖った先端が、わたしの目を突き刺そうと迫ってきた。


 ギラリ! とわたしの目が光る。


 街灯よりも明るい光が、わたしの瞳から放たれた。


「なにこれなにこれ!?」


 何が何だかわからない。ただ理解できたのは、「助かった」ことだけだ。


『ようやく、我が半身となる器と出会えたな』


 頭に、何かが直接語りかけてきた。ただ、言葉はわたしの「目から」出ていることはわかる。声色からして、男性、いや中性的な女性のようだが?


「なんですか? あなた誰ですか?」

『オレサマは【狭窄公きょうさくこう】バロール。かつて神サイクロプスの一柱だったが、地に落ちた者。お前らの言葉を借りたら、『魔王』ってヤツかな?』

「えー。信じられません」


 魔王とは、そんなに都合よく現れてくれるモノなのか? 仮に気安く登場できるとして、助けてくれるのか、と。


「じゃあ、イヤでも信じさせてやろう。力の一欠を見せてやる」


 ニョロニョロが、再び襲いかかってきた。槍でわたしのノドを狙う。


 また目が光る。同時に、わたしの腕がひとりでに動いた。ニョロニョロを掴み、床にたたき落とす。わたし、何もしていないのに。


 アスファルトに焼かれるミミズのように、黒い物体はのたうち回る。ダメージを与えたようだ。


 幻覚でも見ているのかと思ったが、リアルらしい。


『理解できたか?』

「ええ、とっても。めっちゃ強いんですね」

『あんな動き、お前でも使えるようになるぞ』

「うっそだぁ。冗談はお目目だけにしてくださいよ」

『ウソでもジョークでもない。お前はオレサマの後輩のようなモノだ。お前にはオレと同じ【魔獣】の血が流れている。いわゆる隔世遺伝ってヤツ?』


 にわかには信じがたいが、本当のようだ。


「それで、後輩であるわたしに、あなた様は何をお求めで?」

『クルス ヒトエよ。お前にはオレサマに身体を捧げ、魔獣少女になってもらいたい』


 今なんと言った? 魔獣少女とは? 魔法少女なら聞いたことはあるが。


「あの、魔獣少女って、なんですか?」

『ひとことで言うと、お前たちの世界で言う魔法少女だな。違うのは、モンスターの力を借りることくらいだな』 


 幻想世界に住む魔獣、つまりモンスターの力を借りて、魔法少女になれと。


「できませんよ! わたし体育の授業も赤点ギリギリですし、体力も腕力もてんで」

『魔獣少女に、物理的な力は必要ない。戦闘は全てオレサマがやる。器になってくれればいいのだ。でなければ』

「でないと?」

『お前は一生、こいつらに追われる』

「うーん」


 正直言って、わたしにそんな力があるとは思えないんだよなあ。絶対、一話で死ぬよね。わたしみたいなモブって、力をもらってもたいして活躍しないのがセオリーじゃん。


『頭の中で何を考えているのかわかっているぞ、ヒトエよ。それに』

「ひっ」


 わたしの足元に、さっきの影がワラワラと現れた。いつの間に!?


『さっさと決断しろ。ホントにモブのごとく食われっちまうぜ』


 そういうしている内に、影はわたしの足先にまで迫っていた。


「わたしが断ったら」

『お前だけじゃない。お前の家族も、大切な人だって、いいようにされてしまうだろう』


 それは、ヤだな。


「あなたに身体を乗っ取られたりは?」

『いくらオレサマでも、そんな無神経なことはしないぜ』


 信用していいのか? だが、今はやるしかない。


「やりましょう」


 どのみち、魔王の器となる力を内在しているので、この怪物たちに追われる運命だという。


 ならば、祓う力を授かった方がいいか。


『よし。力をやる。これを受け取れ!』


 わたしの眼前に、ステッキが。というか……。


「日本刀?」


 反り返った独特の形状と握りは、どう見ても刀だ。握りの先にあるのは、黒いツバである。あと、鞘も柄もすべてが妙にメカメカしい。サイバーパンクっぽかった。


『それは【天裂刀てんれつとう マサムネ】。独眼竜サイクロプスの力を宿している刀だオレサマを使役するのに使う。いわば、オレサマの力の結晶と言える』


 マサムネはカタカナ表記のようだ。刀や酒が由来だと『正宗』となり、武将由来だと『政宗』になってしまうからか。


「てっきり棍棒でも出てくるのかと思っていました。刀使いなのですね?」

『そいつは、晩年に悪墜ち扱いされた姿だな。オレ様たちは本来、ヘパイストスって神のしもべだ』


 サイクロプスの野蛮な容姿は、伝承の後付け設定なのだそう。


『ヒトエよ。今こそ我が愛刀【マサムネ】を抜き、魔獣少女と化すのだ!』


 全力でお断りしたい。魔法少女と言ったら恥ずかしいドレスだし。けれど、やるしかない。


「ええい、やりますよ! ここで断ったら死ぬんですよねええ!」


 虚空に浮かぶ刀を掴み、わたしは一息に抜く。


 刀を抜いただけで、黒い影が消滅した。自分でも何をしたのかわからないが、一撃で相手を切り裂いたことは確かである。


「ええええ、助かった!」


 しかし、同時に自分の尊厳も失ったと気づく。とても人に見せたくない格好になっていたからだ。


 和風のミニスカートと、洋風のゴスロリドレスが合わさったデザインである。ただ、サムラと言うよりはサイバーニンジャに近い。魔を退治するような。


「どうだ、オレサマの趣味でこうなったが?」

「うわー」


 少女趣味だったか。一瞬でイヤになった。

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