レンタルおじさん
@tomorokoshi
レンタルおじさん
おいおい待てよ?
商店街のベンチに座って僕は青白い顔でスマホを睨みつけていた。
待てよ、嘘だろ?おい
睨みつけている視線の先には
『レンタルおじさん』
と書かれていた。
『商店街南口ベンチ10時到着予定』
やっちまった。どうやら俺は完全にやっちまったようだ。
時計を見る。時間は10時5分。それを確認し深くため息をついたとき・・・
「いや〜遅くなってすいませんね」
少し遠くからそんな声が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げると、汗を拭きながらこっちに歩いてくる"おじさん"の姿がそこにはあった。
女の子ではない。そう、どこからどう見てもおじさんだ。
「今回は”レンタルおじさん”のご利用、誠にありがとうございます」
時は遡ること2日前
「ごめん。もう私たち別れよ」
彼女とのラインでそう言われた。
「え?どうして?」
「自分勝手で本当に申し訳ないんだけどさ。なんか、私たち合わない気がするのよね」
僕は彼女から別れを告げられた。
僕は大学に入学後、程なくして同じ学科の同級生と付き合う事になった。今月で半年というところだったのに「海に行こう」と約束を立てた時、断られなぜかあっけなく別れを告げられた。
大学に通い彼女もできた自分に満足していた。しかし、彼女と別れた時、心が欠けた気がした。
自分には何が足りないのか、どうすれば良かったのか。悩みに明け暮れ、スマホをいじっている時に見つけたのだ。「レンタル彼女」を。
欠けた心をどうにか埋めるため、必死だった。迷う事なく
「土曜日 商店街南口ベンチ10時 レンタル時間10時〜12時30分」
と記入して、とにかく彼女をレンタルする事にした。はずだった。はずだったのに。
どうやら間違って"おじさん"をレンタルしたようだ。
「あのー、聞いてます?こっちの服とこっちの服どっちが似合いますかね?」
うん。これは完全に女の子とデートしてる時の言葉だ。
「あぁ、えっと・・・こっちの赤の服ですかね」
僕は愛想よく答えた。
「これじゃあ、まるで還暦のお爺さんみたいじゃないですか。はははっ」
「うっ・・・」
しっかりネクタイをし、少し黄ばんだシャツを着ている、まるで会社で着るような服装だ。そのせいなのか、よりおじさん感を増している。頭は少し禿げていて体型は少しぽっちゃりして、背は168センチ位。
うん。誰がどう見てもおじさんだ。
会計を済ました後、次に向かった店に足が退いた。
「次はこの店に行きますよ」
おじさんは微笑みながらはそう言った。
「ちょっと、この店は入っていいんですか?勘違いされそうですけど」
「君が私のつけるの、選んでくださいね」
この会話だけ切り取ってみると、まるで女の子と来週あたり海へデートに行くために商店街で水着を買いに行っているように見えるが、残念。横にいるのはおじさんだ。
『かつら専門店』
意識が遠のきそうになる。
中に入り、おじさんは沢山のかつらを見てどれをつけるか選んでいた。
いくらか選んで気に入ったのが2つあったようだ。
「こっちとこっち、どっちが似合いますかね?」
まるでどっちの水着が似合うかのように聞いてくる。
どっちも同じようにてっぺんのハゲを目立たなくするかつらだった。
「こっちがいいんじゃないすか?」
「これだと少し主張が強い気がしますけど。君がそう言うのだったらこれにしますね」
「あぁ・・・はい」
早くこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「そろそろお昼ですね。近くに美味しいピザ屋があるんでそこに行きますか。確か、あのピザ屋は昔娘と行ったピザ屋ですかね」
時計を見ながらおじさんは言った。
僕は娘という言葉に違和感を感じた。
「ところで、さっき、娘と来たと仰ってましたけど、娘さんがいらしてたんですか?」
ピザ屋でマルゲリータピザを食べながら僕は同じマルゲリータピザを食べているおじさんに聞いた。
「そうですね」
暗い顔をしておじさんは俯いた。つい出来心で聞いてしまったが、あまり触れない方が良かったのか?
「あっ、いや、別に話さなくても・・・」
「いや・・・君には話そう。実はね昔、娘がいたんだよ。それに妻もいた。だけど」
一呼吸置いておじさんは言った
「10年前に事故で、もう会えなくなったんだよ」
「えっ・・・」
会えなくなったつまり、亡くした。そして、このレンタルおじさんをやっている理由も何となく、妻と娘を亡くしたからだと察しがついた。
要するに、10年前の事故で妻と娘を亡くしたから、今こうやって苦し紛れにレンタルおじさんをやっているんだろう。
まさか、だからレンタルおじさんをやっているんですか?なんて聞けるはずがなかった。だから
「なんだか、お互い似てますね」
と言った。
「というと?」
「彼女がいたんですけど、この前振られたんですよ。それで、苦し紛れに彼女をレンタルしようとしたんですけど・・・」
「間違っておじさんをレンタルしたって事ですね!」
『はははっ!』
2人で笑った。久しぶりに声を上げて笑った。
10年前
「ねえ、お父さん!こっちの水着とこっちの水着。どっちが似合う?」
お父さんはこの場所にいづらいのか、顔を赤らめて言った。
「こっちが似合うと思うよ」
「じゃあ、来週海行く時はこれ着ていくね。楽しみにしてるから!」
「あのー」
おじさんはどこか昔を懐かしむように笑みを浮かべていた。
「あぁ、ごめんなさい。少し、昔のことを思い出しててね」
なぜか、おじさんの目に少し涙が浮かんでるようにも見えた。
それから話していると、とても清々しい気持ちとなった。そして、一つ決心した。
「もうすぐでレンタル終了の時間ですね。今日は本当にありがとうございました。僕、もう一度彼女に自分の気持ちを正直に伝えようと思います。」
おじさんは微笑みながら言った。
「こちらこそありがとう。あの子の気持ちが、わかった気がするよ。きっと、君はいい旦那さんになる」
一週間後
「君のことが好きだ。もう一度考え直してくれないか」
レンタルおじさんの時と同じピザ屋で彼女を呼んで、もう一度付き合って欲しいと頭を下げた。
「ごめんね。わたし、一時の感情で悪いこと言っちゃって。わかった。もう一度付き合おう」
心の底から嬉しかった。同時におじさんに対して感謝の気持ちも湧いてきた。
「どうして急に別れようなんて言ったのか教えてくれないか?」
彼女は困った顔をしたが、すぐに決心をした顔つきになった。
「実はこの商店街、思い入れのある場所なの」
「というと?」
「小学校の頃、お父さんと一緒にこの商店街に、海に行く為、水着を買いにきたの。それで、お父さんに選んでもらってね、お昼はここでピザを食べたわ。それで商店街から帰る時に事故にあったの。そこで、お父さんは・・・」
「まさか・・・」
「事故にあって亡くなったの」
僕はやっとあのおじさんが誰だったのかわかった。
「それで、君が海に行こうって言った時、お父さんのことを思い出してね。これ以上、君と一緒に居れないって思ったの。自分勝手で本当にごめんなさい」
彼女は頭を下げて言った。
僕はやっと口を開いた。
「ち、千春のお父さんは・・・」
身長とか見た目とか確認しようと思ったが、やめにした。
「なに?」
僕はあのおじさんのことを考えながら言った。
「きっと、君の事を思い続けてるよ」
数日後
「ねぇ、こっちの水着とこっちの水着、どっちが似合ってる?」
この場所にいづらくて、僕は顔を赤らめて言った。
「こっちが似合ってると思うよ」
「じゃあ、来週海行く時はこれ着ていくね。楽しみしてるから!」
レンタルおじさん @tomorokoshi
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