第31話 新しいぐーたら道具を開発しよう!

 ♦ ♦ ♦


「あの、旦那様」

「なんだ?」

「私と旦那様は……以前どこかでお会いしたことがあるのでしょうか?」


 ヤマグチさんは、ずっとお馬さんたちと一緒に待っていてくれた。コレットさんの前のみならず、基本的に人前は苦手らしい。そんなヤマグチさんはおつかれだろうに、再び文句ひとつ言わず御者を務めてくれている。


 そんな馬車の帰り道で、私が質問すれば。

 旦那様も嫌な顔ひとつせず、自然と首をひねってくれていた。


「身請けの前ということか? 正直、心当たりはないな」

「そうですよね……」


 ――やっぱりバルサ様の話は、何かの間違いだよね。


 私は聖女になってから、治療したひとのことは全員覚えている。その中に旦那様がいれば、バルサ様と同じようにすぐに思い当たるはずだ。それを口にするかどうかは置いておいて。

 聖女とて、私以外にも十何人もいたんだ。きっとラーナ様も誰かと勘違いしていたのだろう。


 そう結論づけて、屋敷に戻って。

 次の日も。そのまた次の日も。

 私のぐーたらを極めるための日々が続く。


 やはり、一番の大きな進歩は『ジャージ』を手にしたことだろう。


 ごくらくだった!

 伸縮性ばつぐんの着心地。どんな体勢をしても関係ないシルエット。ベッドの上でゴロゴロしようが、飛び跳ねようが、生地のどこも突っ張らない。


 さすがは伝説の洋服、ジャージだ!

 もうこれしか着られない! もうこれを着て死にたい‼


 やっほーいと思いのたけを叫んだら、旦那様に「ど阿呆!」と怒られたけど。


 それでも急遽わがまま言って、全員の分を作ってもらったら、みんな揃って毎日ジャージを着てくれている。コレットさんは家事がしやすくなったようだし、セバスさんも汚れが落ちやすいからお庭いじりが捗ると喜んでくれた。ヤマグチさんは火が跳ねたら危ないからと、寝る時だけ着てくれているらしい。旦那様も……さすがにお城にゆるいシルエットのジャージは着ていけないからと同様。


 なので今後は、お外にも着ていけて防火性の高いジャージの開発を進めたいところなんだけど……その前に。私は今日もぐーたら時間に、紙に別の設計図を書こうとしていた。


 だけど、なかなかペンが動かない。

 う~ん。う~ん。と頭を捻らせていると、洗濯物を運んできてくれたコレットさんが声をかけてくる。


「ノイシャ様~。今度は何を作ろうというんですか?」

「えーと。抱き枕を作ってみようかと」

「抱き枕?」


 桃色のジャージがとても似合っているコレットさんが、小首を傾げた。

 ちなみにジャージはみんな同じ色なの。旦那様をイメージした淡い桃色。アクセントに青いライン。それを旦那様に初めて見せた時、旦那様は顔を真っ赤にしていたけれど……なんやかんや、旦那様も寝る時には着てくれているとのセバスさん談。


「今の枕は寝心地悪いですか?」

「いえ、極上のふわふわ加減なのですが……こう、たまに腕が寂しい時がありまして」


 そんなコレットさんに、私は何かを抱っこする仕草を見せた。


「毛布で色々試してみたんですけど、頭からこう抱きかかえるものがあったら、もっと落ち着けそうな気がするんですよね。できたら後ろからもすっぽり包んでくれる感触があれば最適なんですけど……」


 その形が、どうにも上手くいかない。

 前を重視すれば、後ろが心もとなく。逆もしかり。しかも寝返りを打つことを考えれば軽量化と自由度は必須で……とうんうん唸っていると、コレットさんが私の肩を叩いてくる。


「……ノイシャ様」

「はい、ノイシャです」

「旦那様と添い寝をしてみたらどうですか?」

「添い寝?」


 添い寝とは、ベッドで誰かと寝るということ。

 たしかに、添い寝は赤子を寝かしつける時に親がする行為が主であるはずだから、安眠効果はとても高いはずだ。私は誰かと添い寝をした記憶がないので、それを一度経験してみるということは抱き枕開発にも役に立つだろう。


 だけど、私は引き出しにしまってある紙束を取り出す。


「ですが、契約書には『閨事』はないと記載ありますので」

「それは、旦那様からは求めない・・・・・・・・・・ってことですよね?」


 ――そうだったかな?


 私は契約書の該当部分を読み返してみる。


 閨事は一切行わないこととする。


 特にどちらからと記載はないが、そもそも添い寝がしたいだけであって、そういう行為・・・・・・をしたいわけではない。この契約書に、そもそも『添い寝』に関する項目はないようだ。


「ノイシャ様から求める分には問題ないのではないかと思います。それに、一見するにノイシャ様の求める構造は人体に近しいと思いますので。一度経験してみれば、その『抱き枕』なるものの妙案も浮かぶかもしれませんよ?」

「なるほど?」


 だから、コレットさんの解釈はいささかズレているのだが。

 契約書の内容は絶対だ。だけどそれに反しないのならば……ぐーたらを極めるための助力を乞うのもまた、私の義務のひとつであろう。


「では、今晩お願いしてみることにします」




 なので早速、旦那様が帰宅して早々「一緒に寝たいです」とお願いしていたら。


「ど阿呆っ‼」


 たっぷり固まっていたと思った旦那様に、今までにないくらいの大声で怒られてしまった。


 こ、これはとうとう鞭で打たれる案件なのでは……。

 久々のあのビリッとする感覚を覚悟していると、私をぎゅっと抱きしめてくれたコレットさんが旦那様に唾を飛ばしていた。


「旦那様、サイテーです‼ 女の子からのお誘いに『ど阿呆』なんて……さすがのコレットちゃんもその生真面目ド頭をスパーンッとカチ割りたくなりましたよっ!」


 コレットさんが何言っているかよくわからないけど……コレットさんの腕の中はあたたかい……。やっぱり、これを常時体感できる抱き枕は絶対に開発せねば、と心の中でこぶしを握っていると、旦那様が首の向きを変えていた。


「セバスも何か言ってくれ!」

「すみません。少々剣の手入れをしなければなりませんので」


 そそくさと踵を返そうとするセバスさん。それに、旦那様は半眼を向けている。


「……ちなみに、手入れした剣で何をするつもりなんだ?」

「それは勿論、ノイシャ様を泣かす根性なしの腐れ畜生を闇討ちするためでございますが。いやぁ、かつて『鮮血の死神騎士ブラッド・ネクロマンサー』と呼ばれた血が騒ぎますな」

「おまえら親子は主人を何だと思っているんだっ⁉」


 ぜえはあと息をする旦那様のお耳がとても赤い。


 コレットさんにぎゅうされっぱなしの私が枕を抱えてじーっと見上げていると。

 旦那様はムスッと私を見下ろした。


「……風呂に入ってくるから、部屋で待っていてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る