第4話 たらたらのたらちゃん。

 それから立ったまま残りのパンを食べようとしていたら、セバスさんが椅子を引いてくれた。


「せめて座ってお食べください。コレット――いや、私が食後のお茶の準備をしてきましょう。コレットは奥様と一緒に食べているように」

「は~い」


 間延びした返事をするものの、コレットさんの動きは速い。


「本当はですね、使用人が主人と一緒に食事をとるなんて、厳禁なんですよぉ~」


 なんて話しながら、気が付けばあっという間に私の隣角に椅子を持ってきたコレットさんが勢いよく座っていた。あ、スープも持ってきたらしい。


「でも、ご飯は誰かと一緒に食べた方が美味しいですからねっ!」


 そして「いただきます!」と食べかけのパンを前に両手を合わせているから、私も真似てみる。それにコレットさんは目を合わせてにっこりしてくれてから……再び色んなものが挟まったパンをモグモグし始めた。


「奥様はご主人様のこと、どのくらいご存知なんですか?」

「リュナン様……のことですよね?」

「そうです――だって、本当に身請けいきなりだったじゃないですかぁ。わたしたちもビックリしたんですよ。ひと月前のラーナ様方の結婚式から帰ってきたと思いきや、いきなり『俺も正妻を迎える』とか言い出して」


 話しながらも、「ほらほら、奥様も食べて!」と促される。だから再びパンに齧りついてみると……おいしい。だけど後ろから腸詰がにゅるっと落ちてしまった。わわわ、どうしよう。だけど、コレットさんは怒るわけでも折檻してくるわけでもなく、「貸してくださーい」とフォークを使って再びそれを中に入れてくれる。


「今まで婚約者もお見合いもしてなかったのに、何言ってるのかな~なんて思ってたら……教会からの身請けですよ。いや、今までおまえ、ろくに礼拝すら行ってなかったじゃねぇかっての。怪我すらしない人だから、治療に行ったって話も聞かないし……それなのに、とんとん拍子に身請け話を進めちゃってさぁ……」


 作業しながらこんなにお喋りできるとか、器用だな……。

 ぼんやりそんな感想をいただいていると、「だから、あの三慢令嬢・・・・もつい最近来たばかりなんです」と言いながら、再びパンを渡してくれた。あ、なんか黒い輪切りの何かが増えてる。


「さんまん……?」

「あ、三人の高慢な令嬢の略です!」

「なるほど……?」


 そっか。外の世界には、そういう言葉があるんだ……。

 心のメモ帳に書き込んでいると、「まぁ、でも。わからないでもないんですよねぇ」とコレットさんは自分のパンを片手に頬杖をつく。


「こどもの時から長年ず~~っと片思いしていた幼馴染が、同じ幼馴染と結婚しちゃったんですもん。どうせ『俺も近いうちに結婚するから』とかなんとか、見栄を張ってきちゃったんじゃないですかぁ? まだ未練たらたらのたらちゃんですしね~」


 たらたらのたらちゃん……また心のメモ帳に書き込む言葉が増えてしまった。でもコレットさんの話を聞いていると、たくさん勉強になる。知らない言葉や表現がいっぱい。


 きちんと気持ちを表現する言葉を覚えて、『三分奥様』に役立てないと……。

 すべては『幸せぐーたら生活』のためにっ‼


 心の中で握りこぶしを掲げながらも、私もパンを頬張る。おいしい。


「しかも、急ごしらえの女とバレたら、それはそれで惨めだから……あの契約書? の『らぶらぶ夫婦大作戦』ですよ。女からの意見を聞きたいと見せられた時は絶句したな~。らぶらぶのくせに結婚式は挙げないし。まぁ? 衣食住と贅沢の保証はしてくれるんで、条件としては悪くないんですけど……でもあの契約書の文字の多さ! てか、一から十まで書くなよ! 真面目か。いや真面目なのは、こちとら生まれた頃からの付き合いで知ってっけどさぁ~、てな感じで」


 色んなこと覚えながらも、ちゃんとコレットさんの話も聞いている。

 聖女の仕事の一環で、礼拝者の懺悔を聞く仕事もあったからね。話を聞きながら他のことを考えること、得意です。だって――旦那様にどんな事情があったって、関係ないもの。


 結婚式はなくてむしろありがたい。そもそも人前は苦手だもの。聖女として結婚式のサポートなら何度もしたことあるけれど。私がお祝いされる方とか、想像もつかない。


 旦那様は、私を買ったひと。

 一日三分『らぶらぶ夫婦』をする代わりに、私に夢の『ぐーたら生活』をくれるひと。


 教会でいうなら、今のところ鞭でぶってこない司祭長様みたいなひとだ。司祭長様は、私がいくら働いても、泥水と、乾いたパンと、野菜の皮と、お肉の骨しかくれなかったけれど。


 それでも……旦那様が采配してくれたコレットさんのことは……たぶん好き。このパンみたく、面白くって。楽しくって。優しくって。眩しいおひさまみたいなのが、言葉や表情のすべてからわかるから。セバスさんも……おそらく同じ。


 ――だったら、それを采配してくれた旦那様も?


 仕事以外で、話すのは苦手。

 だけど、少しだけ勇気を出して聞いてみた。


「コレットさんは……リュナン様の兄妹きょうだい?」

「いえいえ! わたしが父セバスに拾われた時には、父もレッドラ家のお世話になってましたから。レッドラ家の使用人として働きながら、わたしのことも面倒みてくれたようです。まぁ、乳母とかの手配は公爵夫人らがしてくれたみたいで、実質公爵家に育ててもらったといっても過言ではないのですが……」


 リュナン様は、今年二十四歳。そしてコレットさんは二十歳。

 だから二十年間、コレットさんはリュナン様の妹のように育てられてきたのだという。


 ……それって十分、兄妹なんじゃないのかなぁ?


 元々親がいない私からしたら、そんな気がするけれど……。やっぱり上手く言葉が出て来なくて、私はパンを食べることしかできない。もぐもぐ。おいしい。


 こういう時……思っていること、伝えた方がいいんだよね?


「このパン……おいしい、です」

「あっ。サンドイッチっていうんですよ。正確にいえば違うかもしれないけど……お昼はちゃんとしたサンドイッチを作ってもらいましょうか? 三角なんです。もっと薄くて白いパンでハムとかチーズとか挟んで、断面も綺麗なんですよ」

「サンドイッチ……」


 また心のメモ帳に書き込むことが増えた。うれしいな。お昼……というか、今日の食事はこれだけじゃないの? 一日何回も食べられるもの?


 そんな色々びっくりしていた時だった。


「ちゃんと奥様の相手は務められたか?」

「もっちろーん! ばっちりリュナン様の失恋話語っといたから~」

「おまえっ……!」


 お茶を持って戻ってきたセバスさんが、息を呑んでいる。これは、もしかして聞いちゃいけないことを聞いちゃったとか? ……なんか申し訳なさで、お腹が痛いかも。


 だけど、コレットさんはどこ吹く風だ。


「いやぁ~、だってさ? ノイシャ様の身にもなってよ。いきなり嫁がされたと思ったら、いきなり理由もわからず『らぶらぶ夫婦大作戦』とか……ないっしょ」

「それは、そうだが……」

「まぁ、そんなわけなので。旦那様はとても情けない男ですが、ノイシャ様の悪いことにはなりませんので、これからも宜しくやってやってください――ついでに、わたしともよろしくしてくれたら嬉しいですっ」


 あぁ、コレットさんの笑顔が眩しい。

 だけど、それ以上に……私は寒気がしてきて。なのに手足が冷たくて。じっとりした汗が出て。ついにお腹を抱えて、丸くなる。


「おなか……いたい……」

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