3分聖女の幸せぐーたら生活〜生真面目次期公爵から「きみを愛することはない」と言われたので、ありがたく1日3分だけ奥さんやります。それ以外は自由!やっほい!!〜【Web版】

ゆいレギナ

第1話 きみを愛することはない。やっほい!

 私、ノイシャ=アードラは身請け先の屋敷の応接間に通されるやいなや、身請け人のリュナン=レッドラ次期公爵から言い渡された。


「生涯、きみを愛することはない」


 ……別に、それは構いませんが。

 だって、私はこの次期公爵様に買われた身。

 愛すも愛さないも、すべてはこの方の自由だもの。


 ただ気になるといえば……このリュナン=レッドラ次期公爵様は、想像していた以上に美形な方だったということ。長身かつ服越しでもわかる立派な体つき。碧眼まぶしい端正な顔つき。騎士らしいすっきりとした髪型ながらも、桃色の髪色がチャームポイント。そんな見目麗しい二十四歳の殿方が、どうしてわざわざ用済み聖女を買うのかと。女に困ることないのでは?


 私のような身請けされる聖女は、教会で『不要』の烙印を押された者ばかりだ。たまに殿方と『真実の愛』を芽生えさせて、幸せそうに買われていく聖女もいるけれど……大抵は出来の悪い聖女か、私のように髪が真っ白になるまでマナを使い果たして、用済みとなったか。


 教会で養うのも損切りされた聖女は、比較的若いうちにお金持ちに引き取ってもらうのが自然な流れ。教会もお金にならない聖女を養う筋合いはないし、若い方が『女』としての価値は高いからね。もちろん、マナを使い果たし死んだら利益はゼロ。死ぬ前に聖女をやめさせられ、売られるのは双方から見て利点しかないシステムだ。表向きはね。


 私も実際、成人したばかりの十八歳だ。身請けという名の売女として、聖女はけっこう人気らしい。そりゃあ遊女と違い、聖女は全員『清らか』だから? そのステータスも殿方には興奮材料になるそうですが……。


 と、ここで疑問がひとつ。

 愛さないなら、どうしてこの次期公爵様は私を買ったのか?


 こうして脳内で状況を整理していた間、二人の間では無言が続いていた。

 私は粛々と言葉の続きを待っていたのだけど……どうやら、彼も同じだったらしい。


「……こう、何か俺に文句などはないのだろうか?」

「文句とは?」

「身請けしといて愛さないとはどういうことだ! とか、自分を幸せにするのがお前の義務だろう! とか……これでも、きみに失礼なことを言っている自覚はあるんだ」

「ちなみにその『愛する』というのは、夜伽の件は含まれているのでしょうか?」

「あ、当たり前だろう! 気持ちもないのに寝室を共にするわけがないっ!」

「……なるほど?」


 つまり正真正銘、『女』としての部分は求められていないらしい。

 耳まで真っ赤になった次期公爵様に、同室している執事らしき紳士が頭を抱えている。


 ふむ……もちろん身売りされた経験が私も初めてなので。いまいち状況がわからない。私は端的に訊いてみた。


「私は貴方様に買われた以上、生かすも殺すも貴方様の自由ですので……ただ、私は何を求められているのでしょう?」

「それなら、ここに」


 そうしてテーブルに出されたのは、数枚の書類だった。どれもびっちり文字が書かれており、標題には『婚前契約書』と書かれている。私が「失礼します」と一枚を手に取れば、次期公爵は暗記しているのか、つらつらと説明してきた。


「先に話した通り、きみに閨事を頼むことは一切ない。もちろん寝室は分けるし、特定の場合以外ではきみの肌に触れないことを約束しよう。詳細はそこに書いてある通りだ。あとでじっくり目を通しておいてくれ」

「はい」


 たしかに、事細かく寝室は間に部屋を三部屋置くとか、特定の場合とは身の危険が生じた際を除いてだとか、とても今読み切れないほどの詳細が書いてある。


 だから次の項目に目をやれば、私の衣食住における締結が記載されていた。


「衣食住の十分な提供を保証しよう。家人の予算内になるが、欲しいものは自由に買い物して構わん。屋敷にも好きなだけ商人を呼んでいい。その他、食べたいものがあれば都度言ってくれれば、できるかぎり対応する。使用人らにはきみを丁重にもてなすよう強く言い含めてあるが、何か不便があるようなら言ってくれ。早めに対応しよう」

「この……愛人を作る場合というのは……?」

「言葉の通りだ。きみには俺の正妻という形で家に入ってもらうので、大っぴらに愛人を連れ歩かれるのは困るが……自由恋愛を邪魔するつもりはない。遠慮なく屋敷に連れ込んでくれ。事前に予定を教えてくれれば、その日は屋敷に帰らないようにしよう」


 これは……至れり尽くせり、というやつなのでは?

 もちろん、こう男性をとっかえひっかえしたい願望なんて微塵もないし、そもそも恋愛なんてもの自体、興味がないのだが……こう条件を確認していると、ますますなぜ私が買われたのかがわからない。


 思わず、私は眉根を寄せた。


「本当に……私はあなたの正妻として何をすればいいのでしょう?」

「きみはけっこう真面目だな」

「おそらく、その言葉はお返しできると思います」


 その問答に、控えている執事さんが大きく吹き出した。「失礼」と居を正しているけど……そんなおかしなこと言ったつもりはないんだけどな?


 レッドラ次期公爵様が執事さんを睨んでから「それは三枚目を見てくれ」と書類を差し出してくる。それを見やれば、目を瞠る言葉がひときわ大きく書かれていた。


 ――『らぶらぶ夫婦の演出』……?


「朝食時間に、その日の演出会議を兼ねることにしよう。その後、見送り時に『らぶらぶ夫婦』を俺と演じてくれ。あとの時間は先の通り、自由にしてくれて構わん。俺も基本的に帰りが遅いから、当然先に寝ていてくれ」

「つまり……実質、私の仕事は朝の見送りだけ、と?」

「拘束時間でいえば……一日三分ほどか。慣れてくれば、朝の会議も要らないだろうしな」

「それ以外は?」

「だから、何度も言っている通り自由だ。どこかに出掛けてもいいし、もちろん屋敷でぐーたらしてくれても――」

「ぐーたらっ⁉」


 その単語に、思わず私は身を乗り出した。

 ぐーたら――それは私の憧れていた単語だった。

 なんかあれでしょ? 休日に過ごす最上級の幸せのことを『ぐーたら』と言うんだよね? 


『明日の休み、何するの?』

『最近働き通しだったからなぁ、ちょっとぐーたらさせてもらおうかなぁ』

『おっ、いいねぇ。おれもたまにはぐーたら一日中寝てたいよ』


 私は今まで休日という概念すらなかったから、参拝者が嬉しそうに話すその『ぐーたら生活』を懸想することしかできなかったけど……。


 こんな、夢みたいなことがあっていいのだろうか。

 身請けされた後は、たいてい老人や醜男の妾として弄ばれるか、聖女を生むための道具にされるのが一般的だと聞いていたのに……一日三分だけ働けば、あとはぐーたら生活? 一日二十二時間働くんじゃなく、たったの三分⁉


 えーと……喜ばなきゃ。

 今こそ、『喜び』って感情を表に出さなきゃだよね……‼


「や、やっほーーーーいっ!」


 私は諸手をあげてから、深々と頭を下げる。


「労働時間、一日三分……がんばりますっ。その三分に全身全霊の力をこめて、貴方様のお力になれるよう尽力します……っ!」

「あ、あぁ……よろしく頼む……」


 前のめりのやる気に、御主人には引かれたようだが。

 こうして、私の一日三分だけ働く生活が始まったのです。

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