第22話 ずっと

 ピンポーン。

 玄関のベルが鳴る。


「あ、今日あたり、新聞代の集金にくるはずだから、もしそうだったら、そこの封筒のお金を渡してくれる?」

「は~い」

 ちょうど野菜のてんぷらを揚げている英子にかわって、佳也子が、封筒を持って玄関に向かう。想太もちょこちょことついてくる。


 玄関の引き戸の向こうに、スーツ姿らしき人影が見える。

「はあい。ちょっと待ってくださいね」

 佳也子は、戸を開けて、目を瞠る。


「こんにちは~。ひさしぶり。」

 ぱあっと光が差すような、花が開くような笑顔で、圭が立っている。

「わあ!」

 佳也子は一瞬言葉が出てこない。びっくりしすぎて。

「圭くんだ!!」

 想太が、叫んで、圭に飛びつく。

 受けとめた圭が想太を抱き上げ、

「会いたかったよ~」

 2人は、嬉しそうに頬ずりしあっている。


 想太を抱き上げたまま、キッチンに入ってきた圭の姿を見て、英子も、てんぷらを揚げるお箸を落としそうなほど驚いている。

「まあまあまあ。嬉しい。……よくきたわねえ」

 英子の顔も、光が差したような笑顔になる。

「圭くん、おしごと、すんだの?」

「今日の分はね。また、明日続きがあるけど」


「ちょうど、今から晩ご飯だけど、時間はあるの?」

「大丈夫です。……ていうか、今夜泊めてもらってもいいですか?」

「もちろんよ。大歓迎!」

「地図で見て、近いなって思って。今夜は、先生の家に泊まります、ってマネージャーにOKもらってきた」

 英子さんの存在は、マネージャーも了解しているらしい。

 そういえば、前にそんな話をしていたことを佳也子は思い出す。


「明日の仕事は、どこで?」

「リビエールホール、というところで。

 演奏会のシーンの撮影があって」

「え、結構近いわね」

「今日は、ブドウ狩りしたり、古墳群見て回ったり、道明寺天満宮とか、誉田八幡宮とか、ちょっと観光するシーンを撮ってた」

 佳也子も行ったことのある場所の名前が出てくる。

「誉田八幡宮で、おみくじ、引きました?」

「ううん。道明寺の方で、埴輪のおみくじ引いた」

 親指の先くらいの可愛い埴輪形のおみくじだ。佳也子も引いたことがある。

「ほら、あの、頭と腰に手をやってポーズつけてる可愛いやつ」

 そのポーズを圭がやってみせる。想太も同じポーズをして、大小の埴輪が並ぶ。可愛くて思わず、みんなで笑う。

「まあ、そっくり」英子が二人を見て目を細める。


「何が出ました?」佳也子がきくと、

「大吉!」圭はちょっと得意そうだ。

「あら、いいですね」

「誉田も、おみくじ、可愛いのがあるの?」

 圭が、佳也子にきく。

「はい、可愛いというか、とてもいい感じなんです……あ、ちょっと待って」

 佳也子は、カバンの中をさぐって、小さな紙包みを出して、圭に見せる。

 去年、佳也子が引いたおみくじだ。

 中身は、小さな1.5cmくらいの金色の打ち出の小槌のお守りと、おみくじの言葉が書いてある紙だ。


 その言葉が、すごく心に響いたので、佳也子は、時々読み返せるように、いつもカバンにいれている。

 小さな金色のお守りは、いろんな種類があって、佳也子はまだ、打ち出の小槌とカエルと招き猫しか持っていないので、コンプリートを目指しているところだ。


「へえ。これ、俺も欲しい。この金色のちっこいの、可愛いね。それに、この書いてある言葉がめっちゃいいね。時々読み返して、励みにしたくなるような……」

「うん。ほんと、……いい言葉ね。確かに手元に置いておきたくなるわ」

 英子も言う。

「うん。じゃあ、今度、休みができたら、一緒に行って、そのときに、引いてみようよ」

「いいね。いこういこう」

 一緒に、という言葉で、想太の顔がほころぶ。

「うん。いこういこう」

 圭も返す。

「よし。みんなでいこういこう」

 想太が、ぎゅうっと圭の脚に抱きつく。

 圭が想太の頭をくしゃくしゃっとなでてから、しゃがみこみ、

「ぎゅう~」と言いながら、抱きしめる。

「ぎゅう~」と想太が抱きしめ返す。

「ぎゅう~」

「ぎゅう~」

 お互い相手より力を入れて、抱きしめ返そうとして、きりがない。

 英子と佳也子は、2人の果てしないぎゅうぎゅう合戦に、

「……そろそろ晩ご飯にしよっか?」と笑いながらストップをかける。


 居間の座卓の上に、野菜を中心にいろんなてんぷらが並ぶ。

 圭は、相変わらず、美味しそうにたくさん食べる。

「あ~、おいしいってしあわせ~。ご飯、美味しい~。お漬物も美味しい~。」

「あら、てんぷらは?」英子が言う。

「てんぷらも、もちろん美味しい~」

 かき揚げを頬張りながら、圭が答える。

 たっぷりの大根おろしと天つゆで食べるてんぷらは、確かに最高だ。

 想太も、圭の隣で、同じようにかき揚げにかぶりついている。ほっぺたがピンク色で、彼が嬉しくてたまらないのがわかる。


 食後のお茶を飲みながら、想太を膝にのせて、圭が、撮影のときの話をいろいろ聞かせてくれる。

 ロケ先の美味しいものや素敵な景色の写真は、たびたび送ってくれていたけれど、圭の口から直接話を聞くのは、鮮やかにその様子が伝わってきて、本当に楽しい。


 やがて、圭の膝の上の想太も眠ってしまい、圭も明日の準備があるので、佳也子も自分たちの部屋に戻ることにした。

 初めて会ったときと同じように、圭が、想太を抱きかかえて、部屋まで一緒に来てくれる。


 ドアのカギを開けて、佳也子は想太を受け取り、奥のソファに寝かせる。そして、玄関に立っている圭のところに戻って、

「ありがとうございました」と頭を下げた。

 思いがけず、今日会えたことが嬉しくて、自然と笑顔になる。

「どういたしまして」

 圭が、柔らかく、優しくほほ笑む。互いの目が合い、一瞬何も言わずに、ほほ笑み合う。

 次の瞬間、圭が、ぼそっと、いつもより低い声で言った。

「ずっと、……会いたかった」

「私も、です。ずっと、……会いたかった」

 圭の両腕が、そっと佳也子の両肩を包んだ。

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