第11話 やくそく……

「さあ、タコ焼きの準備ができてるわよ~」

 家に戻ると、英子が、キッチンから、タコ焼き器を、居間に運んでくるところだった。

「やった!タコ焼き!」

 圭と想太の声がそろう。

「ただし、タコぬき」

 英子が笑う。


 英子の家のタコ焼きは、具にタコはいれない。だから、ほんとは、タコ焼きとは言えないのだ。

「まあ、丸いから丸焼き?」

 甘辛く味付けた、玉ねぎ入りひき肉そぼろ、小さく切ったウインナーやベーコン、茹でたブロッコリーや人参などを小さく刻んだもの、シメジやエリンギをさっとレンジしたもの、茹でた小エビ、チーズを入れることもある。

 もちろん、ネギや天かすも用意する。想太がいるので、紅しょうがはあまりいれない。いろんな具材はてんこ盛りなのに、不思議にタコはいれない。


「好きなもの入れようと思ったら、タコの入る余地がなかっただけでね。別に嫌いなわけではないんだけどね。……やっぱり、タコいる?」

「ぜんぜんっ!」

 3人の声がそろう。


 4人でタコ焼き器を囲んで、つぎつぎ焼く。そして、食べる。

 圭が意外に上手に焼くので、佳也子は、思わず、

「天才タコ焼き職人の役、やってた?」ときいた。

 圭は、ぷっと吹き出して笑い、

「え、何で知ってるん?……んなわけないやろー!」

 少しあやしげな関西弁でノリツッコミして、みんなで大笑いになった。

「前に、友達のとこで、タコパやってさ、いっぱい焼かせてもらったの。いや、ほんと、食べるより夢中になったよ。でも、あいつのとこでは、タコとネギはいれたけど、他の具はなかったな。俺はこっちの方が好き」


 新幹線の時間を、予定より、ぎりぎりまで遅い時間に変更して、圭は帰って行った。

 帰り際、圭は、佳也子が彼と初めて会ったときのスーツ姿に着替えて、

「じゃあ、また、来ます。ありがとうございました」

 英子にあいさつをして、佳也子と想太にも、ほほ笑みかけた。

「また来るよ。それまで、テレビでがんばってるところ、応援しながらみててね」

「うん。いっぱいおうえんしてるから。また来てね。やくそく」

 圭と指切りをしながら、想太が言う。

「ありがとう。想ちゃんも元気でね。佳也ちゃんも元気でね」

「圭くんも元気でね」佳也子は短くそう言った。

 もうすでにいっぱいがんばっている人に、がんばって、という言葉は言えなくて。  だから、せめて、元気でおってね、と伝えたいと思ったのだ。


 圭と一緒にいた時間は、昨日から今日にかけて。

 たったそれだけなのに、まるでもうずっと前から一緒にいたような気がするくらい、佳也子は彼と過ごす時間になじんでいる自分に驚いていた。

 想太も、同じ思いだったのだろう、

「もうずっとおったらいいのになあ」


 晩ご飯は、英子と佳也子と想太、3人で食べる。いつもなら、3人の食卓は、とてもにぎやかに感じるのに、ひとりいないだけで、こんなにも違うのだと、あらためて思う。

 食事をしながら、テレビの番組欄を見ていた英子が、

「あ、今日のバラエティー番組に、あの子出てるわ。見る?」

「みるみる!」


 3人で、大急ぎで、テレビをつけてチャンネルを合わせる。

 ついさっきまで、ここで笑っていた人が、今は、四角い画面の中でにこやかに、他のゲストたちとおしゃべりしている。

 愛嬌たっぷりの受け答えをしている彼は、きらきらするような笑顔で、他のゲストたちを笑わせている。

 英子も想太も、夢中で画面の中の彼の姿を追っている。佳也子も同じように画面を見つめる。

 でも、……なぜだろう。

 彼が今ここにいないことが、よけいにさみしく感じられて、佳也子は、画面から、そっと視線を外した。


 すると、そのとき、佳也子のスマホが、メールの着信を伝えた。画面に表示された文字に、一瞬ドキッとする。圭の名前が表示されている。


『今夜、7時からの番組に出ています。よかったらみてね。

楽しい時間をありがとう。会えて嬉しかったです。』


『こちらこそ、とても楽しい時間をありがとう。ご活躍

楽しみに、応援しています』


 少しかたい言葉しか出てこなかったけど、佳也子は急いで返信を返す。


 もう一度着信音がして、画面に、にっこり笑って手を振る顔文字がひとつ。

 佳也子も、同じ顔文字で、手を振り返す。

 同じ顔文字同士が、スマホの小さな画面の中を行き交うと、なんだか、その顔文字を送り合っている2人が今感じている気持ちも、実は同じなのかもしれない、そう佳也子には思えた。


 もしかしたら、このさみしさは、佳也子一人のものではないのかもしれない。

 そんな予感が、した。

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