第10話 きっと伝わる
佳也子が勝った。
「よし、じゃあ、いくね」
圭と想太に背中を向ける。
「だるまさんがころんだ」
1回目2回目、2人の動きにスキはない。2人のくすくす笑う声がする。
「だるまさんがころんだっ」
早口で言って、素早く振り向く。想太が、ちょうど一歩踏み出して、阿波踊りみたいに両手を挙げたところだった。
「想太!」
「あ~。みられた~」
「大丈夫、たすけにいくよ」
圭が、たのもしく言う。
佳也子は想太と手をつなぐ。
「だるまさん、」
といいかけたところで、つないだ手に、圭がポンとタッチした。
「わ~い」「やったあ」
想太と圭は、大笑いしながら、走って逃げた。そして、少し離れたところで、はあはあ息を切らしながら、まだ笑っている。
「佳也ちゃん全然気づかないもんね~」
「ほんとだね~」
佳也子の次は、圭がオニになった。
オニにみつかって、圭と手をつなぐことになった佳也子は、どきっとして、一瞬ためらった。
(……うっかりしてた。だるまさんがころんだ、やったら、その可能性があるの忘れてた。)
ちょっと焦る。
圭がふわっと笑い、さらりと佳也子の手を取る。圭の手は、すべすべひんやりとしている。
次の瞬間、
「かあちゃん、たすけにいくよ!」
想太の声で、ハッとした。
「ようし!たのんだよ~」
佳也子は、少しおどけて元気よく答える。
圭の次は、想太がオニだ。
「やった!オニや! じゃ、いくよ」
想太がくるりと背中を向ける。
「だるまさんがころんだ」
圭と佳也子は、顔を見合わせて、そっと、一歩を踏み出す。
想太が振り向く。
2人は動かない。一瞬、くやしそうにして、また背を向ける。
「だるまさんがころんだ」
圭が、さっきよりは、少し大きめの一歩を踏み出す。佳也子は、手を広げて、飛ぶようなポーズをする。
またしても、2人が動かないので、今度こそ!という顔をして、想太がまた背中を向ける。
次の瞬間、圭が大きく走り出して、だるまさん、をとなえている想太のすぐそばまで行き、ふわっと、その体を抱き上げた。
「オニ、つかまえた~!」
「え~!」
びっくりしている想太を、肩のあたりまで抱え上げて、圭が笑う。
「へっへ~。想太オニ、ゲット!」
「わあ、やられた~」
オニなのに、つかまえられてしまった想太は、圭の肩にもたれかかり、嬉しそうだけど、少しくやしそうに、
「ずるいで~」と抗議している。
「いいのいいの」
きゅうと抱きしめて、圭が想太にほおずりをした。そして、地面におろすと、手をつなぐ。
そのあとは、3人で、ゆったり歩きながら、公園の周りの堀や、草むらの虫などを眺めて歩く。
土曜の午前中なので、まだ、そう多くはないが、他にも家族連れの姿がちらほら見える。
でも、みんな自分の家族や連れのことしかみていないので、圭の姿に目を止める人はいない。
まさか、こんなところで、のんびり散歩しているとは思わないせいもあるかもしれない。
圭は、黒のキャップに黒のジャージ上下、黒づくめだ。
「そういえば、そのジャージ。もしかして、」佳也子が言うと、
「ん?あ、これね。伸太郎先生の。貸してもらった」
「やっぱり。なんか見たことあるなって思って。庭仕事のときとかに着てはった気がする」
圭が着ると、少し足首が見えている。
「下はちょっと短いけど、上はちょうどいいのよ」
「ふふふ。脚長いってことですね」
「まあね」
笑いながら、圭がつぶやくように言った。
「ありがとう」
「え?脚のこと?」
「ちがうよ。英子先生のそばにいてくれて、ありがとう。想ちゃんと佳也ちゃんが、先生のそばにいてくれて、俺、ほんとにホッとした。伸太郎先生の葬儀のときも、仕事でどうしても来れなくて。あとでお線香あげさせてもらいに来たけど、すぐに戻らなくちゃならなくて、結局、なかなかこっちに来れないままで、ずっと心配だった」
「そっか……」
「俺ね、先生たちに、めちゃくちゃお世話になったんだけど、まだ何も恩返しできてなくて。英子先生が1人になっても、電話かけるくらいしかできてなくて。それなのに、先生は、いつも、『元気よ。あなたこそちゃんとご飯食べてる?』って、逆に俺のことをいっぱい心配してくれて」
「英子先生らしいね」
「うん」
「英子先生は、いつも元気にしてるけど、もしかしたら、ほんとは、さみしかったり、つらかったりするんじゃないかって、圭くん、心配してたんやね」
「うん」
うつむきがちに短く、圭が答える。
佳也子は、少し考えながら言う。
「私ね、思うんやけど。そうやって相手を気にかける気持ちが、まず一番大切なんちゃうかなって。 その気持ちを上手く伝えられへんかったり、実際には何もできへんこともあるかもしれへんけど、その気持ち大事にしてたら、相手には、きっと伝わると思う。それで、伝わった気持ちが、相手の元気の素になるんちゃうかなって」
圭が、ふっと柔らかく微笑んで佳也子を見る。
「そうか。ありがとう。なんかちょっとホッとした。俺、何もできてないよなって、後悔ばっかりしそうだったけど、後悔より、今の自分にできることを、ちゃんとやっていこうって気持ちになった」
そして、しゃがんで、想太に言う。
「想ちゃん、抱っこ」
圭は、そう言うと、手を広げて、想太を抱き上げて、自分のおでこと想太のおでこをくっつけて、きく。
「おうちまで、抱っこしていい?」
「いいよ」
想太がニコッと笑って、圭の肩に腕を回す。
佳也子は思う。
(もしかしたら、この人は、自分もさみしくて、だから、ひとのさみしさも気にせずにはいられないのかも……)
佳也子は、すぐ前を歩く圭のジャージの肩をぎゅっと握っている小さな想太の手を見つめる。
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