第13話 作戦会議
正体不明のモデルの襲撃により古城舞奈を奪われた俺達は、安全じゃないセーフハウスを脱出した。無人タクシーにずぶ濡れの体を押し込み、沙耶香のマンションに逃げ込んだ。
ベッドに寝かされた俺は沙耶香から背中と腕の手当てを受ける。
ここにも襲撃が来るのではないかという不安。背中と両腕の痛み。美人女子大生のベッドにいる感動など欠片もない。彼女とこういうシチュエーションは二度目だが、どちらも『ご休憩』ではなく『小休息』というべき状況。むしろトラウマになりそうだ。
何とか体を起こした俺は用意してもらったグラスの水を飲む。ルルからの【リンク】が繋がった。僕達は意識を秘密基地に移した。
◇ ◇
「辛うじて君たちの痕跡は消した。沙耶香の部屋は現時点でマークされていない」
ルルの言葉にほっとして力が抜けた。後ろから支えてもらっていた関係で、彼女の体に受け止められる。感じるのは当然痛みである。大きな青あざになってる背中にはどんなに柔らかいクッションでもダメージ源ということ。
「古城さんは今どこに」
「古城舞奈の現在位置はXomeの地下だ。医療機関をスキップして直接連れ込まれた。ちなみに家族には、病院から入院の連絡が行っている」
俺を支えたまま聞いた沙耶香。ルルの答えに彼女の体がこわばったのが伝わってくる。
数日前に潜入した建物の
「あいつは何者だ。ルルが検知した財団のモデルとは違うんだよな。どうやって監視を突破した」
「どうやら『軍団』のモデルのようなんだよ」
写真の上に情報が追加された。ブラウディオ・ノゲイラというスペイン国籍の三十八歳の男のデータだ。
職業は観光ガイド。だがガイドとしての活動軌跡の全てはアフリカや中央アジアに残る紛争地帯のもの。極めつけが前職で北アフリカに駐在していたスペイン軍人だ。アフリカにあるスペインの飛び地メリーリャ勤務の優秀な下士官だったが、情報漏洩の疑いで除隊された記録が”抹消”されている。あのヤバい雰囲気も納得だ。
「シンジケート同士はやり合ってるんじゃなかったのか? なんでこの二人は仲良く同じ建物にいる」
「『財団』『軍団』『教団』は三つ巴の関係なんだ。一番優位な教団に対して残り二つが共闘するケースは確認されている」
要するに三国志の魏に対する蜀と呉だ。話が違うと文句を言いたいが、今はそれどころじゃない。
「つまり敵の拠点に二体のモデル。しかも一体はその拠点の防衛専門で、もう一体は高い戦闘能力を持つ武闘派。…………無理だな」
結論を口にした。リスクが高いとかいう問題ですらない。この情報を聞いた後では今自分が生きていることが幸運ロールのクリティカルに思える。あの時全滅していてもおかしくなかった。
「一応沙耶香の意見も聞いておこう」
「………………方法が思いつきません」
沙耶香が苦しげに言った。俺の背中にある手が震えている。これまで彼女は友人を心配し、だが感情に引っ張られることなく現実に可能な手段を提案した。その彼女すらあきらめざるを得ないくらいの状況だ。
今回のセッションで僕たちは情報収集と探索に関してチームとしての能力を発揮したといえるだろう。だが実戦となると圧倒的に戦力が足りない。
「じゃあ全員一致でシナリオ終了ということでいいね」
ルルはそういうと手を上げる。沙耶香が震える手を何とか持ち上げた。僕も続こうとした。だが腕は途中で止まった。傷の痛みのせいじゃなかった。まるで自分の右腕を自分の左手で抑えるような感覚に襲われた。
TRPGをしているときたまにあった感覚だ。
だが、今回は間違いも何もないそもそも選択の余地がないのだ。好きで見捨てるわけじゃない。むしろ僕達は最大限の努力をしたといっていい。それで届かなかったのなら仕方がないだろう。そう自分を『説得』する。
小首をかしげるルル。どこか期待するような目の沙耶香。僕は首を振り、手を上げようとした。ズキンと響いた背中の痛みがあの時の光景を再生したのはその時だ。
点滅するライトの下を迫る巨体。素人の僕が見ただけでも戦っては駄目だとわかる相手。僕の場合は判断が遅れた間抜けだったというだけ。だが彼女はどうだ。あの
もともとの目標が舞奈だった? 残念ながら関係ないんだ。そんな細部の話じゃない。シナリオ上で起こったことに責任があるのはプレイヤーだ。それがTRPGなんだ。
プレイヤーである僕/俺が無様に地面に沈んでいるとき、古城舞奈はヒロインを守ろうと行動した。それが本質だ。そんな彼女を犠牲にしたままシナリオを終えれば、僕のTRPGが否定される。
「彼女を見捨てることはできない」
「理由は? 言っておくけど全会一致のルールは君の提案だよ」
「シナリオ上の重要な決断はプレイヤーに委ねるというルールもあったはずだ」
「勝機ゼロならどちらにしても助けられないけど?」
「ゼロじゃない」
勝機はわずかだが存在する。もっとも今の俺の正気度はゼロかもしれないけどな。それくらい無茶苦茶な作戦だ。
「まず、残しておいたレベルアップをここで使う。それで戦闘向きの技能を取る」
キャラクターシートの経験値を示した。数値は確かに次のレベルの水準を越えている。ルールブックにはこれまでかたくなに避けていた戦闘用のスキルが並んでいる。
「それでも軍団のモデルの戦闘力は単体でも君を上回る」
「ルルは装備が用意できると言ったよな。ニューロトリオンは基本ディープフォトンよりも強い。向こうにとっては予想外ということになる。少なくとも今回は」
「最大限見積もって一体に勝てるかどうかだろうね」
「なら問題は後一つだ。武器をもう一つ用意できないか。その一つを……」
僕は考えを口にした。これは捕らわれのお姫様を助けに行くシナリオじゃない。別に感情だけで言っていたわけじゃない。隣の部屋で俺は確かに見たのだ。彼女の脳内にある強い力を。
「なるほど一応は計算は成り立つね。だけど戦いの後はどうする」
「例えば今回の事件、舞奈への警察からの要請、これは偽装されているだろう。だけど、わかる人間にとっては傷が見えるんじゃないか。少なくともルルの助けがあれば」
「不自然さを示す程度なら不可能じゃないよ。でも分かる人間なんてごく限られているよ。そんな人間がいたとしてどうしてボク達のために動く?」
「僕らのために動いてもらう必要はない。その人間は古城晃洋、国防隊のインテリジェンスの幹部だと同時に」
「古城さんのお父さん」
「そういうことだ」
古城舞奈に少し面影が似た精悍な男をホログラムに表示させる。あの時VAの試合会場で出会った男だ。
「この件はうまくすればコグニトームから独立した唯一に近い存在にコネと貸しが作れる。国防隊がシンジケートに遠く及ばなくても、ルルの力と組み合わせれば今後僕たちの取れる選択肢は広がる。これは結構なメリットじゃないか」
そう付け加えた。疑わし気な視線を僕に向けていたルルが肩を竦めた。
「……参ったね。いいだろう今回のシナリオも君のものだ。サヤカもいいよね」
「はい。……ありがとうございます」
沙耶香が後ろから抱き着いた。ちょっと加減して欲しい。背中が痛いんだ。
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