【新版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?
のらふくろう
セッション1 『可視光外の秘密』
第0話 可視光外の戦い
灰色の視界の中、赤い光弾が三つ、空中で弧を描く。血を滴らせた死神の鎌のような軌跡で迫る弾丸は
大都市の中にある不自然なほど広い自然、その緑地に抱かれた大池に浮かぶ小さな島、上野公園不忍池弁天堂の参道で、三つの弾丸は赤い光の粒子を発散しながら砕けた。
アルミホイルを電子レンジに入れたようなバチバチという音と、濃厚なオゾンの香りが迫る中、俺は樹木の影を目指して走る。
それを予測していたように上空からの第二射が降ってくる。放物線を描いて落下する赤い弾道は、物理シミュレーションを思わせる正確さだ。つまり、今度の攻撃は俺を追尾しているわけではなく、あらかじめ指定された場所に向かっている。そう判断して地面に靴を叩きつけて進路をねじった。
次の瞬間、俺がいるはずだった地面が爆ぜた。砕けた枯れ枝とちぎれた芝生が飛び散り、鼓膜に到達した空気圧がドンッという重い音に変換されて脳に伝わる。
回避ロール成功。
大木の背に逃げ込み、地面に転がる弾丸の残骸を改めて見る。赤い光の残滓を纏う黒焦げの球体は、モデルガンの弾にしか見えない。この恐るべき兵器の口径はたった0.2インチというわけだ。
そのサイズに誘導と近接信管、そして状況に合わせて変化する攻撃効果を内包する。
(まさに驚愕すべき世界の“深層”だな)
【ルールブック】の【世界設定】を確認している場合じゃない。大樹の向こうに敵の姿を確認する。ライトアップされた夜の弁天堂を背景に一人の男の黒い影が立っている。俺が網膜に展開したスキルは、男の頭部と右手に大小二つの赤い光を感知する。
頭部の大きいのが【マスター・コア】、右手の拳銃に組み込まれた小さいのが【スレイブ・コア】。恐るべき
脳内で【キャラクターシート】を開いた。【
(GM、今の攻撃について情報を)
『ボクはGM《ゲームマスター》じゃなくてRM《ルールマスター》。用語は正確に頼むよ。君の脳の認識はキャラクター能力に大きな影響を――』
(オーケーRM。だけど急いでる)
『
聴覚野に直接響く明るい少女の声と共に。敵の武器の仕様が流れ込んでくる。最初の攻撃、空間を電子レンジにしたのは分子の電離。次のは運動方向を一直線にそろえたことによる衝撃波、か。
作戦目的である“拉致”に合わせて非殺傷オプションが選択されているらしい。もっともターゲットではなく邪魔者である俺相手にリミットを外した場合の威力は今見た通り。
(射撃ごとに選択した効果を注入可能って、本当に下級
『そう、あれが最低ランクだ。ボクとしては撤退を勧める。君一人の行動痕跡なら消せるよ』
少女の明るい声が冷徹な『現在』と、非情な『将来』への決断を突き付ける。
戦場の地理的条件、彼我の能力、これまでの戦いの経緯、果てはさっき転がったときに潰した草の葉の匂いまで、感覚を通じて収集された多種多様な情報が脳内を乱舞する。自分を取り巻く外界と、その中心でそれを見る自分が脳内で構成される。
意識とは『世界』を認識し、その未来を予測するための脳の機能だという。当然、その『世界』は自分自身を中心にしたものになる。物理的な客観性に拘束されるが、その目的や意味は自分が与えるということだ。
現状は極めて厳しいと言わざるを得ない。【バリア】は半分以下になっている。この【スキル】が切れれば敵の攻撃を打ち消せなくなる、いわばキャラのHPだ。逃げ回っているだけでここまで削られた。バリアがなくなれば生身にダメージが届く。そうなったとき、ただの大学生の俺にこの
つまり、戦闘の継続は加速度的に悪化していく“未来”に突っ込むこと。
脱出を選んだらどうか。
敵の標的は俺ではなく、俺の背後にいる
それは現代では存在が消失したのと同義だ。つまりプレイヤーである僕は、平穏な生活にもどれるということ。
そもそもこうなったのは
後者の選択が甘い香りで俺を誘う。足 が勝手に一歩下がった。眼球が左右にぶれて最適な逃げ道を探索する。
(アホか。この程度でロールプレイを崩してどうする)
そんな
今の俺は『黒崎亨』。その
そんなことはこの
(
RMにそう告げて【キャラクターシート】からスキルを呼び出す。世界が灰色になり、鼻孔に漂っていた焦げ臭さが消える。
【
【
『ちょっと待って、君のレベルでその二つの同時起動は――』
灰色の木の葉が視界を通過する。体感時間が引き延ばされる。待ち構えていたように敵が引き金を引くが、俺はやつの予想よりも先の
「この場面では逃げない。この“
現状が厳しいなら、もっとましな未来を創造してやればいい。人間の意識が己を中心とした『世界』を認識し、その世界の未来を決めるというのならできない道理はない。
技能だけでなく思考や感情も含めて、作り出した
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