そして彼女は雨に降られたⅢ ②
3度目の4月3日の水曜日。
私は見覚えのある白い部屋で目を覚ました。
繰り返す今日という日。だが前と違って体が寝ていたわけでなく、椅子に座ってガーゼのようなものを当てられている。
時計を見るともう、放課後の時間。
──ああ、そうか。谷内に殴られた後か。
「っ……ぅ──」
それを自覚した途端、顔にひどい痛みが走り、思わずのけぞった。
「あ、動かないで。痛いだろうけど我慢してね」
そう言って黙々と治療を続ける男の先生は、未だ名前も知らない人。その横で巴と凛が心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫? サキちゃん」
「ん、ああ。なんとかね」
と。私がまともに話せる様子を見て、ほっと胸をなで下ろし、ひとまずは安心したようだ。
「ふふ、良かった。それにしてもナイスパンチだったわよ、紗希」
朗らかに笑う凛。
「少しは武術の心得がね、あるんだ。何せ探偵だから私……」
「サキちゃん?」
煮え切らない返事をしたのは、ある考え事が一つ。「この笑顔を守るために私がすべきこととは何であろうか」ということ。
2度彼女の死を目の当たりにした私は、何かしらつけるべき感情という反応が極限にフラットになった。
何も、それが悪いと言うわけでない。動じない心を手に入れた、つまり成長ともいえるし、むしろ今の私に必要なものなのだ。
その果ての答え、強引な手段でもやらなくてはいけない。ただ、その中でも許容できる範囲で、私ができる事とと言ったら──。
なりたての探偵に思いつくたった一つの拙案。
「なあ、凛」
「?」
「今日、ウチに泊まんない?」
────────
ここにきてようやく、最も安全なのは彼女のそばにいることだと思い至った。
私の預かり知らぬ場で起きる事件であるのならば、今日だけでもずっと一緒にいればいい。そうすれば事件は起こらない。
未だ一度だって私の目の前で起こったためしはないのだから。
「あの、これって僕必要かな? 邪魔してない?」
「そんなわけないだろ。信じてくれた──いや、とにかくお前のおかげなんだぜ?」
「う、うん。サキちゃんのことは信じてるけど……えと、僕何かしたっけ」
「こっちの話さ」
保健室を出て、帰り道。
住宅街近くの交差点に来た頃にはもう19時近くになっていた。
陽はとうに落ち、薄暗く、春だというのに辺りの暗さは冬並みになってきている。
「そういえば私、友達の家にお泊りするの初めてよ。これはその、純粋な親睦会みたいなものかしら? それとも手紙の事?」
「もちろん手紙の事さ。でも親睦会……そうだね、明日にお祝い会でもしようか。せっかくだし」
「お祝い会!! いいじゃん、やろうやろう」
「ふふ。いいわね、楽しそう」
そのために私は凛を死なせてはならない。
──大丈夫。その場にさえすれば、今度こそ……本当の意味で明日を迎えられる。
根拠のない自信ではあるものの、私の前では事件は起きないだろうという予想と、自殺を止めて見せるという決意があれば、この浮かれたお祝いムードも帳尻が合う。
人間、一日くらい寝なくたって死にはしないさ。
「でも、僕どこで寝ればいいのかな。達志さんの部屋?」
「まあ、私の部屋でいいだろ。3人くらい寝るスペースは十分あるぜ」
ウチの2階は本来二部屋のところを、壁をぶち抜いて無理やり一部屋としている。住んでいるのが二人だけなので、そのため一人の部屋というにはあまりに広いだだっ広い空間になっていて、むしろ3人いてちょうどいいくらい、というわけだ。ついでに布団だってあるから、突発お泊り計画でも大丈夫である。
「え!? 無理無理、絶対無理だよ。何言ってんのさ? 正気? サキちゃん」
「確かに。今の発言は見過ごせないわよ、凛」
猛烈な否定。巴に関しては言い過ぎまである。誇張も嘘もいくらも混じり気のない発言だったはずが、どうもお気に召さなかったらしい。
「え。……な、は!? 何だよ2人揃って。そんな言うことないだろ。それに嘘なんか言ってないって。ウチの2階は部屋の壁を壊して一部屋にしてるから、スペースは全然だいじょ──」
「「そこじゃないっっ!!」」
「うわぁあ。ちょ、う、うるせ……」
キーンと耳に響く声の合わせ技が私の勘違いを正す。時間が時間なだけに、住宅街で騒ぐ不良生徒とでも思われたんじゃないかと、それが少し頭をよぎった。
「男女が同じ部屋ってところよ、紗希。危機感を持ちなさいって。それに渡井君の反応を見る限り、幼馴染の付き合いでそういう発想が出たわけじゃないんでしょう?」
「そうだよう、当に何言ってるのさ、って。びっくりしたじゃんかよ」
「べ、別におかしなこと言ってないだろ? 同じ布団で眠るってわけじゃないんだし……え、もしかしてそうしたいってこと?」
「なんでそうなるのよ!? 私たちが言ってるのは一般常識とか観念とかそういう話で──」
「あ、電話」
空気を読まない、微振動と、陽気な着信音。
なんとまあ都合よく電話が鳴った。
この日この時間は、確かいつも寝ていたか何かで気が付かなかったのだろう。それに父が彼から伝言を預かっていたらしいことを、今になって思い出した。
「で、でるね?」
ともあれ、とても素敵なタイミング。私の常識について異論を唱える二人から抜け出す口実にうまく使えたので、前の負債はチャラにしてあげよう。
そして。
二人からうまく隠れる曲がり角へとそそくさと移動して、私はこのありがたい電話に出た。
「……もしもし。や、助かったよ、渚」
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