第8話 同窓会―親友の不倫のはじまり

5月14日(土)集合場所の駅西口へは3時少し前に着いた。時間があるのでバスに乗って来たが、事故渋滞があって思いのほか時間がかかってしまった。


指定の場所に何人かの顔見知りの姿が見える。直美もその中にいた。それに上野うえの多恵たえがいた。幹事の秋谷君と話をしている。


それで思い出した。高校時代に秋谷君と上野さんが二人で歩いているところをよく見かけた。放課後二人で一緒に帰ることも多かった。大学時代もときどき二人でいるところを見かけたので付き合っていたのだと思う。でも秋谷君は卒業すると上京して就職した。


いつだったか、上野さんのことを聞いたことがあったが、秋谷君は「別れた」とそっけなく言った。それで言いたくないことがあったのだろうと思ってそれ以上のことは聞かなかったし、僕もすっかり忘れていた。


バスを待っている同窓生に挨拶をした。ほとんどが地元以外で10年前に出席していた人の顔もあった。地元の連中は自分の車で会場へ直接来るのでほとんどいない。


「吉田君、遅かったな、もっと早く来ているかと思った」


「ごめん、交通事故で道が混んでいて思いのほか時間がかかった」


「人数は?」


「迎えのバスに乗るメンバー8名はそろった。おまえが最後だ」


ほどなく迎えのバスが到着した。マイクロバスといっても20名くらいは楽に乗れる大きさがあったので、それぞれが思い思いの席をとって座った。


秋谷君と上野さんは前方の席に二人並んで座った。僕は中ほどの席に一人で座った。直美も反対側の席に一人で座った。高校時代はお互い親しく話したことはなかったのでそれが自然だった。前方の秋谷君と上野さんは親しげに旅館に着くまで終始話し続けていた。


会場は昔のままの温泉旅館で部屋割りは男性が大きな一部屋、女性にも大きな一部屋が準備されていた。到着するとすぐに秋谷君が会費を徴収していた。大広間で6時から会食をすることになっているので、その前にそれぞれ思い思いに大浴場にひと風呂浴びに行く。


秋谷君がフロントにいたので「手伝うことがないか?」と尋ねたが「もう終わったから温泉につかってきたら、俺もすぐに行くから」といった。温泉に浸かっていると、秋谷君が入ってきた。


「ドタキャンもなくすべて順調だ」


「上野さんとずいぶん話していたね」


「前回は来ていなくて、久しぶりだから積もる話があってね」


「皆10年前と変わってないように思うけど年はとったね」


「歳は平等にとるから、お互い変わっていないように見えるのかもしれない。でも女子は顔に出るね、これまでに起こったことが」


「秋谷君は女子と付き合いが広いからよく分かるんだ。男も今までのことが顔に出ていると思うけど」


「田代さんなんか、生き生きしていたな」


「そう見えるか?」


「ああ、話してはいないが分かる。幸せそうだな」


「じゃあ、後でそこのところを聞いてみよう」


宴会場の大広間にはそろそろ人が集まり始めていた。秋谷君がくじ引きで席順を決めている。秋谷君と上野さんは離れた席になった。僕と秋谷君は幹事、副幹事で並んで座った。直美と上野さんは隣同士で僕たちの向かい側に座っているが、もうすっかり話に夢中だ。


定時になったので、幹事の秋谷君の簡単な挨拶と乾杯で宴は始まった。始めの20分くらいは食事に専念して、そのあとに持ち回りで自身の近況を話すことになっている。僕たちはお互いにビールを注ぎ合って喉を潤して食事を始めた。まずまずの定番料理だ。料金の割に悪くはない。


こういう宴会の場合、できるだけ温かいうちに食べて平らげておくのが鉄則だ。食べられるときに食べておかないとお酒を注ぎに回っていたら食べられなくなる。それに食べておかないと悪酔いしやすい。ひととおり食べて準備完了だ。秋谷君もそこらは心得ていて、もうすっかり食べ終えている。


幹事の秋谷君から近況報告が始まった。今の東京での仕事の内容、10年前の同窓会の後、すぐに結婚したこと、5歳の娘がいることなどを手短に話していた。


自己紹介のうまいやつ、長いやつ、短いやつ様々だ。性格が出る。僕は短い方だ。自己紹介で自分のことを話すのはなにか自慢しているようで気が引けるのでいつも手短に終える。


上野さんは前回前々回も出席していなかったので、卒業してからのことを手短に話していた。それにめずらしく婿養子をとったと言っていた。そういえば彼女の家は旧家で資産家と聞いたことがあった。


直美は10年前の同窓会ではもう結婚していた。その1年前に男の子が生まれたと話していた。あの時は僕も出席していたが、直美の結婚を知らされていたことから、気持ちの整理がついていなくて、彼女と話をする気になれなかった。


その時、直美は結婚と子供の話をしていたはずだが、聞きたくなかったのか、聞こうとしなかったのか、全く記憶にない。


僕の方から話しかけていれば、話をしてくれたかもしれないが、それができなかった。僕の気持ちを察してか、直美も話しかけてこなかった。そして終始離れた席にいた。


だからなおさらお互いに不完全燃焼のような燃え残りの思いがずっとくすぶり続けていたのに違いない。だから、突然ああいうふうに出会って話しかけることができたから自然となるようになったのかもしれない。


直美と上野さんはそのころも仲が良かったと記憶している。二人ともクラスでは可愛い方だった。僕は直美の方が好みだったが話かけることもなかった。秋谷君は上野さんといつの間にか親しくなっていた。


その可愛かった二人の回りにはもう何人かがビールを注ぎに来ている。秋谷君も上野さんのところへ行って話し始めている。同級生たちは以前彼らが仲良かったのを知っているので、遠慮して近づかなくなった。


僕は直美の周りに人がいなくなるのを待ってビールを注ぎに前に座った。目が合った。直美がはにかんだ笑みを浮かべた。今日は身のまわりのことが聞けるはずだ。隣に座っている秋谷君に聞こえても差し支えのないように、何喰わぬ顔であたり障りのない会話を始める。


「お久しぶり。元気そうだね。ご両親は健在か?」


「四年ほど前に父が他界して、今は母親が一人で実家にいます。ときどき様子を見に来ています。この前の同窓会は主人と1歳の息子と一緒に来て実家で見てもらいました」


「ご兄弟は?」


「妹がいますが、大学を卒業して東京に就職してもう結婚もしています」


「吉田さんのご両親は?」


「一昨年、父が亡くなって、母親が気落ちしているので、ときどき家の片づけや庭の手入れの手伝いに来ている。君と同じだ」


「ご家族は?」


「さっき話したとおり、10年前の同窓会が終わって1年ほどして結婚した。妻は4歳年下の関連会社の社員だったので職場結婚に近いかな。8歳になる娘がいる。今は共働きで娘の世話などで忙しい思いをしている。弟がいるけど、今は仙台に住んでいる」


「お仕事は順調?」


「食品会社に勤めていることは知っていたよね。いまはチームリーダーになっている。中間管理職だから、忙しいだけ。でもブラック企業ではないから休暇は取れる」


「田代さんいや中川さんのご主人は? 確か見合い結婚だったよね」


「十三年前、仕事に行き詰って悩んでいたところ、実家からお見合いの話があって、会ってみるだけ会ってみることにしたら、お相手が良い人で好きになって結婚しました。2歳年上の理系で医薬関係の会社に勤めています。家庭を大事にしてくれるイクメンです」


「お子さんはおひとりだけ?」


「はい、結婚を機会に仕事を辞めて大阪に移ってから専業主婦をしばらくしていましたが、子供ができないので、また仕事を始めました。11年前に子供ができました。でも仕事は続けています」


「中川さんの近況が聞けてよかった」


「私も前回の同窓会では話しそびれたから気になっていました」


「実家には寄ってきたのか?」


「ええ、昨日半日と今日の午後2時まで、お昼ご飯を一緒に食べてから駅にきました。明日は寄らずにすぐに帰ります」


「僕も同じ感じだった。明日は直接帰るつもりだ」


「実家に泊まっているの?」


「実家は古い家具やものが多く片付いていなくて、ゆっくり寝られる部屋がない。昔使っていた自分の部屋は物置になっているから、駅前のホテルに泊まっている。その方が楽だから」


「いつも同じホテル?」


「今の駅前のいつも使っているホテルは部屋もベッドも大きくてゆっくりできる。コスパがよいからここのところずっとそこにしている。これからも予約がとれればそうしたい」


「私も実家は両親の家具や荷物でいっぱいで、私の部屋もやっぱり物置になっています。整理しようにも思い出の品だとか言って、なかなか整理させてくれません。週末に時々来たくらいではなかなか片付かなくて。だから、私も駅前のホテルに宿をとっています。これからもそうします」


「その方がお互い都合がよさそうだね」


「親の面倒を見るのは大変そうだね。俺は兄貴にまかせている」


隣で上野さんと話していた秋谷君が二人に話しかけてきた。


「次男坊は気楽だな。上野さんのご両親はご健在か?」


「二人とも元気です。父もまだ働いています。私は結婚後も仕事を続けましたが、母が家にいて息子の面倒を見てくれていましたので助かりました。息子も中学生になったのでずいぶん楽になりました。最近は趣味の旅行もできるようになりました」


「東京を案内してあげるから来ないかと誘っているんだけど」


「二人だけで会うのはまずいんじゃないか? 俺も一緒に案内してあげるから声をかけて」


「そうね。そのときはよろしくね」


僕は直美の顔をそれとなく見たが、目が合った。二人だけで会うのは危ないと思っているのがお互いに分かった。実際、私たちはもうすでにこうなっている。直美の目がそう言っていた。


宴会は2時間でお開きにして、二次会のために準備してあった部屋に移動することになった。カラオケも備え付けられているので歌も歌える。話し足りない面々はそこで話をすればよい。事前に秋谷君と相談して飲み物とつまみも用意しておいた。


秋谷君と上野さんは二次会の会場でもずっと話していた。誰かが高校生の時に流行っていた歌を歌っている。僕はほかの友人や女子とも情報交換をしたが、直美とはもう二人で話しをすることを控えた。


直美もほかの友人と話をしていたが、気が付くといつの間にか引き揚げていた。もう話し疲れてもいたが、直美いない会場にても味気ないので「温泉に入りたくなった」と言ってその場を離れた。


僕は昔からお風呂好きで温泉が大好きだ。こういう機会があると最低でも3回は入る。着いてからすぐに1回、宴会を終えて酔いが醒めてきて寝る前に1回、翌朝、目が覚めて食事の前に洗顔するために1回入る。


温泉に浸かりながら、直美の話を思い出していた。パートナーと子供と幸せに暮らしているとの確信は得られた。また、これまでの彼女の振舞いから僕との関係も大切に考えていることも良く分かった。彼女も僕の振舞いからそう感じてくれたと思う。


◆ ◆ ◆

翌朝、5月15日(日)二日酔いの様子を見せながら、皆、朝食を食べている。食堂に来た順にテーブルについて準備されたトレイの食事を摂る。ご飯とみそ汁はお替り自由だ。


僕は端の方の席に座ったが、向かいの席に直美がすでに座って食事をしていた。目が合って軽く会釈をするとご飯をよそってくれた。直美は朝食をもうほとんど食べ終えていたようで、すぐに「お先に失礼します」と言って席を立った。


駅までの帰りのバスが9時に出発した。僕も直美も乗ったが、ここでも席は別々に座った。秋谷君もバスに乗っていたが、上野さんはいなかった。後で聞いたら、友人に自宅近くまで車に同乗させてもらったとのことだった。


駅に到着して解散するとき、皆と挨拶を交わしたが、直美は「また、お会いしましょう」と微笑みながら僕に言った。僕は「またね」と返した。

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