第7話 逢瀬(2)どうして二人の人を好きになってはいけないの?

週末に秋谷君から同窓会の開催日時、会場、スケジュールなどの提案がメールで届いた。会場は近郊の温泉旅館だった。また、住所録とメルアドが添付されていた。日時は5月15日(土)午後6時から会食開始。当日の午後3時に旅館のバスが駅の西口に迎えに来てくれることになっている。会費は15,000円。


秋谷君が往復はがきで各人に案内状を出して、僕もメールで各人に案内状を送ることになった。出欠の締め切りは4月末日にした。5月初めに集計して人数を確定して秋谷君が旅館に知らせる手筈だ。


名簿を精査したが、案内状を出すのは30名くらいになった。これは前回と前々回の出席者から割りだした。何回か開催すると出席する人は限られてくる。地元にいる連中が約1/2、関東が1/4、関西が1/4といったところだった。


名簿には中川(旧姓 田代)直美の名前もあった。住所とメルアドはこの前に会ったときにも聞いていたが、全く同じだった。ただ、二人の密会用のメルアドはすでにそれぞれが作成して共有している。


◆ ◆ ◆

4月末日に締め切ったが、出席者は18名、男性が11名、女性が7名、中川直美も出席になっていた。それで密会用のメルアドで直美に直接連絡を入れた。


[同窓会の出席を確認しました。こちらは2泊3日の予定で参加します。前日の14日(金)ホテル泊、15日(土)会場泊の予定です。]しばらくして返信が入る。[同窓会に出席します。同じく2泊3日で前日はホテル泊の予定です。]これで再会を確認できた。


◆ ◆ ◆

5月14日(金)同窓会の前日に僕は東京発8時36分の「かがやき505」に乗り込んだ。金沢到着は11時5分だから、実家へはお昼前には着ける。


駅でおいしそうなお弁当を2個買って実家へ向かう。母親と二人で昼食を摂る。それから家の片づけ、庭の手入れなどを行う。


今回は同窓会に参加するので14日(金)は午後いっぱい夕食まで、15日(土)は朝から昼過ぎまで実家にいて、2時過ぎに駅へ向かうと母親には話してある。同窓会が終わったらそのまま会場から東京へ帰る予定だ。直美とは前日の今日14日(金)の夜に会って、翌日の同窓会でも会うことになる。


母親が夕食を準備してくれた。いつも僕の好きな献立を考えて作ってくれている。おふくろの味だが、もうすっかり慣れてしまった廸の手料理と違って少し味付けが濃く感じられる。二人で食べて後片付けを手伝ってからバスで駅に向かう。直美はもう着いているだろうか?


7時過ぎにチェックインした。1210号室だった。部屋はシングルにしているがベッドはセミダブルくらいの大きさがある。部屋から直美に[1210に到着]とメールを入れる。

すぐに部屋の電話が鳴った。受話器を取ると直美の声が聞こえた。


「私は1125号室です。8時にお待ちしています」


「部屋で少し飲まないか? 飲み物とつまみを買っていくから」


「はい、待っています」


部屋に行けばもう流れはきまっている。もうこれからどうしようかなどと考える必要はない。ただ、今日はゆっくり話がしたい。この前は照れ臭さもあって十分に話ができなかった。


ホテルのカウンターで近くのコンビニの場所を確認して買い出しにでかけた。良さそうな赤ワイン1本とつまみになるようなもの2~3品を見つくろって買ってきた。栓抜きも確保した。


8時になったので11階へエレベーターで降りる。まわりに誰もいないことを確認して1125号室をノックする。すぐにドアが開いて直美が招き入れてくれた。


僕をじっと見つめて抱きついてきた。軽くキスと思ったがやはりディープキスになっていた。それからしばらくは気の済むまで抱き合っていた。


「赤ワインを買ってきた。飲みながら少し話さないか?」


「いいけど、ここではあなたと私とのことだけにしてくれませんか? 仕事や家庭の話は明日の同窓会でお話しましょう」


「そうだね。君のいうとおりだ。そうしよう」


直美は現実離れしたこの逢瀬を楽しみたいのだと思った。そのとおりだ。これは現実だが、いうまでもなく不倫そのものだ。何もかも忘れてのめり込みたいのもわかる。それなら、もういうことはない。


部屋にあったグラス2個にワインを注いで静かに乾杯する。直美はベッドに腰かけている。僕は正面の机の椅子に座っている。間接照明の薄暗い明りの中で直美の顔をしっかり見つめた。あのころよりもずいぶん落ち着いて見える。また、幸せに裏打ちされたような美しさが溢れている。


「再会を祝して」


「この前、お見合いの話をした時のことや私の結婚の挨拶状を受け取った時の話をしてくれたでしょう?」


「ああ」


「それを聞いて嬉しかったわ」


「あのときの本心を君に話した。君を手放すべきではなかったと後悔したことを。ずっと君のことは心のどこかにあった。だから、ああなった。ようやく思いが遂げられたといっても良いのかもしれない。だから後悔もしていないし、今また会っている」


「あの時、あなたは『それなら、会ってみるだけ、会ってみれば?』と言いました。でも『お見合いは止めて、僕と結婚する?』とは言ってくれなかった。それで思ったの、会ってみるだけ会ってみようかなと、それであなたよりより良い人でなければ、これまでどおりでいればよいと思って」


「よく覚えていたね」


「私もあの時のことは忘れていませんでした」


「それでお見合いをした?」


「ええ、それがとても良い人ですぐに好きになって結婚することになりました。よくご縁があるというけど、運命の人ってこういうことを言うのかなとも思いました」


「運命の人か? 今も幸せなんだろう?」


「ええ、11歳の男の子もいて幸せです。もちろん結婚も後悔していません。主人と結婚してよかったと思っています」


「じゃあ、どうして僕と?」


「あなたとのことでひとつだけ思い残したことがありました。それは結婚を決める前にあなたに会って『結婚しようと思うけどどうかしら』と尋ねなかったことです。どうしようかとずいぶん迷ったけど結局連絡せずに、あとから結婚の挨拶状を送ることになりました。思いを残したということはやはりあなたが好きだったのだとあとから気づきました」


「僕があのお見合いの話を聞いたときに『お見合いは止めて、僕と結婚する?』と言えば良かったに違いないがそれができなかった。だから、それは結婚を決める前に相談されたとしても同じだったかもしれない。思いを残したことは僕の優柔不断のせいだから申し訳なかった」


「今はどうして二人の人を好きになってはいけないのかと思うことがあります。どうして一人の人でなければならないのかって、そういうこと思わない?」


「まあ、繁殖するたびにパートナーを替える生き物もいるし、一生同じパートナーとつがいになる生き物もいる。世界中どこの国でも王様には正室のほかに側室がいたし、日本でも昔は金持ちにはお妾さんがいたとも聞いている。イスラム教では一夫多妻も認められている。男性は一人以上の女性を愛することはできると思う。それは男のさがでごく自然なことではないかと思う。ただ、女性はどうか分からないけど」


「うふふ、あなたはそう思うのね」


「ああ。でも一夫一婦制はもうすっかりこの世の中に定着している。宗教の影響が大きいとは思うけど、今は道徳的に否定されている。有名人で不倫のスキャンダルで仕事を失う人もいるけど、僕はあれほどバッシングする必要があるとは思えない。本人と配偶者と相手の三人の間のことだと思うけどね。他人の口出しする必要があるのかなとも思う」


「もし奥さんが他の人と関係を持ったらどうする?」


「僕に絶対に分からないようにしてくれればいいかな。だって知らないのだから、なかったことと同じだから」


「分かったらどうする?」


「僕は彼女と一緒にいたいから別れたくない。できれば知らないふりをすると思う。誰か有名人が言っていたが『絶対に浮気したことを自ら認めてはいけない』そうだ。嘘をつき続けてくれれば信じるしかない。嘘もつき通せば本当と同じになるから。でも本当のことだと告白されたらもうどうしようもないけどね」


「奥さんが好きなのね」


「ああ。どうしてそんなことを聞くの?」


「主人だったら、どうするかと思って」


「君のご主人が僕と同じ考えをするとは限らないと思うけど」


「あなたと主人は似ているところがあるの。だから彼と結婚したのかもしれません。じゃあ、もし、その相手の人があなたの知っている人だと分かったらどう? 例えば、あなたの友人だったら」


「知らない人だったら、知らないふりができるかもしれないけど、知人だったらまして友人だったらきっとだめだね。やはり裏切られたと思ってしまうだろう」


「知らない人だったら、知らないふりができて、知人だったら裏切り?」


「仮定の話だから確かなことはいえないけど、知らない人だったら、知らないふりができるような気がする」


「なぜ?」


「うーん、ほかにも何かあるような気がするけど、君がさっき言っていた『どうして二人の人を好きになってはいけないのか』と関わっているかもしれない」


「なるほど分かるような気がする。やはり私とあなたは同じセンスを持っているのが分かったわ。お話してよかった。だから昔から気が合ったのね。今それが分かった」


直美が手を伸ばしてきた。その手を取って引き寄せて抱きしめる。


「シャワーを一緒に浴びようか?」


「洗ってあげる」


◆ ◆ ◆

バスルームでお互いに身体を洗い合う。「いつも洗い合っているの?」とは聞かなかった。二人だけの話しかしない約束だったが、直美は彼女のご主人の話もしてくれた。なりゆきだからしかたがない。


手に石鹼をつけて、直美の身体に直接擦り付けて洗い始める。まず、背中から始めて脇腹、お尻、太もも、足先と洗っていく。次に向きを変えさせて、首、乳房、乳首、おへそ、下腹、大事なところへと降りていく。


これは結構刺激的だ。時々、直美の身体がピクピクする。大事なところを洗っていると抱きついてきたと思ったら、崩れ落ちるように膝をついた。かまわずに屈みこんで洗い続けようとした。


「もうだめ、一息つかせて下さい」


そういうと、その場にしゃがみこんだ。そこで終わりにしてシャワーでゆっくり石鹸を洗い流した。


ようやく落ち着いてきたところで、今度は直美が洗ってくれた。同じように、手に石鹸をつけて擦り洗いをしてくれたた。直美が崩れ落ちたわけが分かった。とても気持ちがいい。


洗い終わるとお互いにバスタオルで身体を拭き合う。僕は直美を抱きかかえてベッドに運んだ。彼女を初めて抱きかかえた。


乳房とお尻は大きいが意外と軽い。廸をこのごろは抱きかかえて運んでいないが、そのころと比べても廸の方が重かったような気がする。こんな時にどうして廸のことが頭に浮かぶのだろう? やっぱり後ろめたいことをしているからか?


気を取り直してうっとりした表情を見せる直美の後ろに回ってゆっくり愛し始める。


◆ ◆ ◆

心地よい疲労を感じながら僕は直美を後ろから抱いて寝ている。直美はぐっすり眠っているみたいだ。僕も眠っていたみたいだ。時計はもう12時を回っていた。


僕は愛し合ったあと、うしろから抱いて眠るのが好きだ。その方がしっかり抱けるし、完全に自分のものにしたという満足感がある。


廸と初めて愛し合って僕のものにしたとき、彼女はとても恥ずかしがって背中を向けて身体を丸くしていた。その後、後ろから抱いてそのまま眠った。彼女を自分のものにしたというすごい満足感があった。その印象が強かったせいもあるだろう。また、廸のことを思い出していた。


今日の直美はこの前よりずっと積極的になっていた。それに誘われて僕も我を忘れて彼女と絡み合い交わった。お互いに遠慮も恥らいもないメスとオスの交わりだった。廸とはこんなことは一度もなかった。直美は何度も何度も上り詰めていたし、僕も快感にのめり込んでいった。


喉が渇いた。直美を起こさないように、そっと起き上がって飲み物を取りに行く。冷蔵庫にミネラルウォーターが入っていた。


「私にも何か持ってきて」


「ミネラルウォーターでいい?」


直美はベッドで起き上がって壁を背にもたれかかっている。すぐそばに座って封を切ったボトルを手渡した。


「ありがとう。頭の中が真っ白になった。身体がだるいけど、とても気持ちがいいわ」


「そういうのを『心地よい疲労』というんだよ」


「ふふ。冷たい水がおいしい」


「ハッピーだな」


「ハッピー? 私は今の生活には満足しているし幸せだと思っています。でもあなたと結婚していたら別の人生があったと思うの。私って欲張り? 別の人と別の人生を生きてみたかったと思ったことはない?」


「ないことはないけど。でも別の人生が思いつかないんだ。僕も今の生活が完全とは言えないまでも割とうまくいっていて、特に取り立てるほどの不満はないからね。別の人との人生がこれほどうまくいくかどうかは分からない。たとえ君とでもね」


「確かにそうね。別の人生といっても、今と生活が同じで暮らしている人だけが違っていると思いがちだけど、そのほかが今と同じでしかもうまくいっている保証はないわね」


「そう考えるということは、お互いに幸せということなのかな。今の幸せは壊したくないね。僕たちは良いとこ取りをして、お互いにずいぶん贅沢をしているということかな?」


「分かっています。しばらくはこの贅沢で我儘な生活が続けられればとよいと思っています。だから絶対に二人のことは分からないようにしましょう」


二人ともボトルを飲み干して、再び抱き合って心地よい眠りについた。


目が覚めたら5時を過ぎたところだった。そっと起き上がると直美も目を覚ました。それで駅西口で午後3時の旅館のバスに乗ることを確認して部屋に戻ってきた。これから朝一番で食事をして、実家へ向かう。今日は午後2時までしか時間がとれない。

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