GⅠ・天皇賞(春)・芝3200m(実況)
天皇賞(春)・京都競馬場
芝・3200m(右・外→内回り)
天候は晴れ、馬場状態は(良)
『――5月に入り、冬の寒さもすっかり遠退いた今日この頃……皆様、如何お過ごしでしょうか』
『今日、この後で行われる『天皇賞(春)』の実況も続けさせていただきます、西田です。そして、解説を担当するのは……』
『後藤です。よろしくお願いします』
『後藤さん、ありがとうございます。それでは、さっそくですが『天皇賞(春)』についての解説をお願いいたします』
『はい、それでは少しばかりお時間を取らせて頂きますが、よろしくお願いします』
『――まず、この後行われる『天皇賞(春)』ですが、このレースにのみ使用される外回りコースにて競争致します』
『距離は約3200mで、その歴史は思いのほか古く、現在では4歳以上の古馬のみが参戦出来る、日本一の最強ステイヤーを決める格式高いレースとなっております』
『さて、この『天皇賞(春)』で使用されるコースの内容なのですが、これは中距離やマイルレースとは違い、1周目は外回り、2周目では内回りのコースとなっております』
『最強のステイヤーを決めるだけあって、コースもただ走れば良いわけではありません』
『最初のコーナーまで約417m。このコーナーに行くまでに僅かばかり下り、そこからコーナーを曲がりながら1m近く上るという、出足の良さが要求されます』
『そこから坂を下り、続いて平坦な直線とコーナーを進みますが、ここで馬同士が競り合ってしまうと後半にてスタミナ切れを起こしますので、人馬共に強い自制心が求められます』
『そうして、一週を回り終えてから再び坂を上ります。『天皇賞(春)』では、坂を2回上って2回下りることになりますので、全体的にスタミナや折り合いを如何に注意するかが勝負の分かれ目と言えるでしょう』
『そして、京都競馬場の『天皇賞(春)』では第3コーナーのあたり、おおよその残り800mの下り坂の辺りから各馬が一斉にスパートを掛ける傾向にあります』
『ここが、個人的には春の盾における最後の難関だと思います』
『文字通りの、力比べです。最後の直線は約400m、そこに至るまでもそうですが、そのままゴールまで駆け抜ける末脚の持久力……ステイヤーに相応しいスタミナが要求されます』
『このレースの勝敗は、如何にスタミナと足を最後の直線まで残せるか。無駄に出来るスタミナはありません、馬たちと折り合いを付けながら、如何にロスなく立ち回れるか……3分強の長くも短い激闘となるでしょう』
『……以上です』
『――ありがとうございました。『天皇賞(春)』、後藤さんの解説でした……さて、場面を京都競馬場へと戻します』
『現在、時刻は15時○○分。出走まで刻一刻と時が迫る中、京都競馬場では春の盾を手にする優駿を一目見ようと、現時点で約9万人が詰めかけております』
『近年では稀に見る客入りの良さ……これはおそらく、数ヶ月前に始まったドラマの影響なのでしょうか? 後藤さんはどう思われますか?』
『そうだと思いますよ。まあ、
『6番のホワイトリベンジですね。確かに、ホワイトリベンジのプロフィールはドラマ性を感じますね』
『どの競走馬にもドラマ性はあるのですが、あそこまで強烈なバックグラウンドがある馬が勝ち上がってくるのは最近では珍しくなりましたから……私も、個人的にはホワイトリベンジを応援していますよ』
『なるほど、後藤さんの夢はホワイトリベンジ……っと、失礼しました。それでは、パドックにて待機している出走メンバーを紹介致します』
『1番、ポンポコプリンセス。今回のレースにおける唯一の牝馬で、体重480kg。父はポンポコジェネラル、鞍上は○○騎手、姫の名に春の盾を飾ることは出来るのでしょうか!』
『ポンポコプリンセスは勝利数こそ少ないですが、堅実に賞金を稼いできた有力馬ですからね。ステイヤーの資質はこれまでのレースにて証明されておりますので、勝ち負けは十分に考えられます』
『続いて2番……、続いて3番……、続いて4番……、続いて5番……』
『そして、6番ホワイトリベンジ、一番人気です。体重は485kg。父はマッスグドンドン。鞍上は柊彩音騎手、最速の名は手に入れた、続いて、最長の名を手にする事は出来るのか!』
『ホワイトリベンジは本当に強い馬ですね。予後不良による安楽死からは逃れましたが、一時は引退も噂された馬が奇跡的な復活を果たして、春の盾を狙う……文句なしで春の盾に手が届く馬でしょう』
『続いて7番……、続いて8番……、続いて9番……』
『そして、10番クレイジーボンバー、二番人気です。体重は488kg、父は○○○○○○○。鞍上は伊藤将騎手、宿命のダービーの名を手にし、菊の花を咲かせ……ホワイトリベンジを下し、最強馬として頂点に君臨するのでしょうか』
『適性的にはホワイトリベンジと似ていますね。二番人気とありますが、ほとんど同じぐらい人気のある馬であり、去年の有馬では古馬たちを一蹴したのは記憶に新しいところ……因縁の相手を下せるのか気になるところです』
『続いて11番……、続いて12番……、続いて13番……、続いて14番……』
『続いて15番フッジサーン、三番人気です。体重は490kg、父は○○○○○○○。鞍上は××騎手、もうブロンズの名はいらない、欲しいのは春の盾、頂点の景色だけ』
『この馬は粘り強さに定評がありますが、末味のキレに一抹の不安がありますね。序盤・中盤・終盤を通していかに距離を稼いでおけるかが勝利の鍵だと思います』
『続いて16番……、続いて17番……、続いて18番……』
『以上、出走予定の全18頭の紹介が終わりました。ここまでで、どうでしょうか?』
『そうですね、パドックの様子を見る限りですと、どの陣営も今日のレースに備えてしっかり仕上げてきたなという感じです』
『ほー、なるほど』
『どの馬も色艶良く、足の運びにも異常は見られません。古馬戦なだけあって落ち着いており、入れ込んで発汗している馬も見られません……ん、これ、は……?』
『……ホワイトリベンジですね。ホワイトリベンジ、何やら客席に向かって近付き、何度か立ち止まっているように見えますが……』
『あ~、これはアレですね、ファンサービスってやつですね』
『ファンサービス、ですか?』
『ホワイトリベンジは人間によく懐いているらしく、カメラ等を向けられると立ち止まった方が良いと認識しているらしくて……おそらく、観客からカメラを向けられているのだと思います』
『ははあ、なるほど。言われてみれば、立ち止まっている辺りは応援旗や応援幕が多いですね』
『やはり、テレビの影響は強いですね。私も解説をやって長いですけど、若い女性が旗まで用意して駆けつけてくれるのは久しぶりに見ましたよ』
『私もです、客入りも続々増えているとのことで、世間の注目を集めているのでしょう――っと、号令が掛かりました』
『さすがは古馬たちですね、どの子も落ち着いていて、気にした様子も見られません』
……。
……。
…………。
『一頭、また一頭、コース上に優駿たちが姿を見せてゆきます。天候は晴れ、馬場状態は良、春の盾を争うには穏やかな光景が広がっております』
『観客たちも、今か今かと出走時刻を待って……っと、アレは……クレイジーボンバーとホワイトリベンジですね』
『おっと、クラシックの冠を争う頃からのライバルが顔を突き合わせております。やはり、お互いがライバル同士と認識しているのでしょうか』
『ホワイトリベンジは、クレイジーとの戦いで負けた時に涙を流して悔しがったというエピソードがありますので、かなり意識していると思いますよ』
『今世代最強と目されるクレイジーボンバー、不屈の闘志で復活を遂げたホワイトリベンジ、やはり注目はこの2頭になりそうです』
『この2頭が勝つのか、それともダークホースがスルリと掠め取るのか、レースに絶対はありませんので、実際に始まらないと誰にも結果は分かりませんから』
『そうですね――っと、音楽隊が姿を見せました。もう間もなく、ファンファーレが始まり、発走と――後藤さん』
『どうしましたか?』
『ホワイトリベンジを見てください、早く!』
『え、ホワイトリベ――』
……。
……。
…………あ、え? え? え?
『……見ましたか、後藤さん』
『み、見ました。い、いえ、見間違いでなければ、アレは……まさか、テイオーステップですか?』
『……し、信じ難い事が起きました。テレビをご覧の皆様も拝見出来たでしょうか? たった今、ホワイトリベンジがテイオーステップと思わしき動きを取りました』
『本当に、信じられませんよ……まさか、テイオーステップを行う馬がテイオー以外に現れる日が来るとは……』
『京都競馬場の観客席にざわめきが広がっています。無理もありません。競馬の歴史において、テイオーステップを行えた馬は、トウカイテイオーを除いて一頭もおりませんから』
『先天的に並外れた関節の柔らかさを持っていたテイオーだからこそ可能としたステップ……と、なれば、ホワイトリベンジも同等レベルの柔らかさを持っている可能性があると見て……間違いないのでしょうか?』
『先天的に持っていたのか、後天的に得たモノなのかは不明ですが、テイオーステップを踏める時点で、それに近しいボテンシャルを持っていると思って良いと思います』
『いやあ、凄いモノを見ました。私も思わず言葉を失くしましたよ』
『それは私も同じですよ。正直、夢でも見たのかと思っているぐらいですよ、私も』
『……っと、場内のざわめきを他所に、音楽隊のファンファーレが始まりました』
……。
……。
……………。
『全頭ゲートイン完了。観客席のざわめきの中で、間もなく出走……開きました! 第○○回天皇賞(春)、スタート致しました!』
『各馬一斉に好スタート! 春の盾を手にするのはどの馬になるのか、早くも先行争いが激化しています!』
『――っと、行った、行きました! 6番ホワイトリベンジが抜けた! あっという間にハナに立った!』
『阪神大賞典はフロックではない、これが俺の走りだと言わんばかりにホワイトリベンジ先頭! 最速の皐月賞馬の名に恥じぬスタートダッシュです!』
『その後方では……、……とが続き、1番ポンポコプリンセスが先頭集団最後尾となります』
『その後ろに、15番フッジサーンが。そして、10番クレイジーボンバーはこの位置! 前にも後ろにも行ける、ちょうど中心の位置にて不気味に追走しております』
『その少し後ろに……、……、最後尾に……となっており、少しずつ隊列は縦長になりつつあります』
『先頭のホワイトリベンジは早くもコーナーを回り、スタンド前の直線へと差し掛かろうとしています』
『おっと、凄い歓声だ!』
『これもテイオーステップの効果なのか、ホワイトリベンジへと多数の応援が掛けられ、続いて走る馬たちへと次々に応援の声が飛びます』
『残り、2000m。まだ隊列に動きはそこまで見られず、どの馬もライバルの出方を伺って――っと、ここで伊藤騎手、動くようです!』
『ジリジリと、クレイジーボンバーを巧みに操り、内から外からスルスルと馬体の隙間を縫うように順位を上げて行きます』
『これに焦ったのか、各馬一斉に動きを見せ始めました。しかし、まだ1700――1600m近くある!』
『大丈夫か、これは大丈夫なのか? 天才と名高い伊藤騎手のマジックに釣られて撃沈してしまうのか、勝負はまだまだ分かりません!』
『しかし、先頭の6番ホワイトリベンジは我関せず! 俺は前を行くだけだと言わんばかりに気持ちの良い一人旅! 後方にて繰り広げられている心理戦など、気にも留めていません! 柊騎手は、このまま逃げ切るつもりなのか!?』
『さあ、残り1200mを切った! 気付けばコーナーへと差し掛かろうとしている辺りで10番クレイジーボンバーが2着の位置! 何時の間に上がって来たのか、何時の間に内に付いたのか!』
『内を緩やかに回る10番クレイジーボンバーの後ろに、1番ポンポコプリンセス! 情熱の乙女が追いかけるが、苦しいのか、少しずつ下がってゆく!』
『その代わりにと言わんばかりに15番フッジサーンが上がってくる! 粘り強さに定評のあるフッジサーンが、クレイジーボンバーに食らいつく!』
『だが、これはどういう事だ!?』
『先頭を行く6番ホワイトリベンジ! その2,3馬身後ろを冷静に追いかけ続ける10番クレイジーボンバー! その後ろを15番フッジサーン!』
『少し離れて1番ポンポコプリンセスが追いかけるが、届かない。少しずつ距離が広がり始めている! その後方に、各馬が団子状態で前を狙っている! どうやら、1番ポンポコプリンセスが壁になってしまっている!』
『さあ、ついに最終コーナーへと差し掛かる! 決着まで、もう間もなく!!!』
『歓声が大きくなり始める中、優駿たちが正面スタンドへと近付いてくる! 先頭は変わらずホワイトリベンジ! ホワイトリベンジ先頭だ!』
『その後方にてクレイジー――クレイジーに鞭が入った! 一発、二発、三発、四発! 危険なエンジンに火が入り、数多の古馬たちを打ち破った末脚だ!』
『しかし、届くのか! この距離で最後まで足が残るのか!? フッジサーンにも鞭が入る! フッジサーンも伸び始めるが、足が鈍い!』
『ポンポコプリンセスも鞭が入る! しかし、息がいっぱい! ジリジリと後退してゆく! スルリと抜けた各馬たちがスパートを掛けるが、このロスは致命的か!』
『さあ、ゴールまで300を切った! 栄光の盾まで残り300m!』
『クレイジー速い! なんという末脚だ! 約3000mを走ったというのに、タップリ足を残していた!』
『フッジサーンも追いかけるが、どんどん距離が開いて行く! やはり、勝負はこの2頭、天才と不屈のぶつかり合い!』
『ホワイトリベンジ逃げる! クレイジーボンバー追い上げる! 内にリベンジ! 外にクレイジー! クレイジーか!? クレイジー伸びるのか!?』
『残り150m! クレイジーだ! クレイジーが差した! このまま伸び――リベンジだ!』
『葦毛に鞭が入る! 差し返した! いや、クレイジーだ! いや、リベンジだ!』
『意地と意地のぶつかり合い! クレイジー! リベンジ! クレイジー! リベンジ――リベンジだ! リベンジ伸びた!』
『リベンジだ! ホワイトリベンジだ!』
『勝ったのは――6番ホワイトリベンジだ!!!』
『やりました! 6番ホワイトリベンジが、天皇賞(春)を制しました!』
『しかも――しかも、レコードだ! なんと、ホワイトリベンジレコード達成! 後10年は破られないと言われたレコードを0.1秒縮めました!』
『――ミラクル! 正に、ミラクルです!』
『幾つもの逆境に苦しみながらも、不屈の闘志で立ち向かってきたホワイトリベンジが、春の盾を手にし、レコードまで手にしました!』
『なんという激闘だ! なんというレースだ!』
『――柊騎手、右手を上げています! 小さくガッツポーズをしているのが見え――っと、泣いています。柊騎手、堪えきれぬ涙、それも致し方ないでしょう!』
『いやあ、凄いレースでしたね……後藤さん』
『……正直、私ももらい泣きしそうになりました。こんな事ってあるんですね』
『涙が出るのは仕方ありません。歓声を上げる観客席からも、こみ上げてくる涙を抑えている者がちらほら見られますから……っと、これは、ホワイトリベンジが呼ばれています』
『うわあ、久しぶりですね。これだけ観客たちの心が一つになるのは』
『場内が、一斉にホワイトリベンジを呼んでいます。これは、『ホワ』です! ホワ・コールが京都競馬場に響いております!』
『いやあ、凄いレースでしたから……ほら、あそこ、馬主席の……たぶん、ホワイトリベンジの馬主さんでしょうか? 泣いているのが見えますね』
『――今、ホワイトリベンジと、柊騎手がスタンド正面へと戻ってきました――ああっと、泣いています。堪えきれぬ涙を手で拭いながら、スタンドへ向かって何度も頭を下げています』
『ありがとう、と言っているのでしょうか? 思い返せば、柊騎手は天皇賞(春)のCMに出演した事はあっても、騎手として参加したのはコレが初めてになりますから……感動もひとしおなのでしょう』
『ホワイトリベンジの引退と共に騎手としても引退を表明していますから、最初で最後のチャレンジで春の盾を手にしたということになりますね』
『そう考えると、本当に人馬ともにドラマチックな関係ですね』
『ええ、競馬というモノの奥深さを痛感する思いです……さて、第○○回天皇賞(春)は、6番ホワイトリベンジ一着、二着にクレイジーボンバー、三着にフッジサーン、四着……、五着……と、なりました』
『一着と二着は最後まで分かりませんでしたが、三着以降は概ね人気通りに来た……といった感じでしょうか』
『着順だけ見たら、そうなるでしょうか……それでは、繰り返させていただきます』
『一着ホワイトリベンジ、二着にクレイジーボンバー、三着にフッジサーン、四着……、五着……と、なりました』
『必要でなくなった馬券等は、所定のゴミ捨て場へお願いいたします――繰り返します』
『一着ホワイトリベンジ、二着にクレイジーボンバー、三着にフッジサーン、四着……、五着……と、なりました。必要でなくなった馬券等は、所定のゴミ捨て場へお願いいたします』
…………。
……。
……。
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