第84話 進化した【ミリアド】の姿

 「華歩かほ、おれに『魔法』を放ってくれ」 


 翔が言い放ったことの真意は伝わらない。

 指揮官が自らに向けて『魔法』を放てなんて、血迷ったかと思うだろう。

 


「わかった!」


 だが、華歩は二つ返事で引き受けた。

 ここで全く躊躇ちゅうちょせず、すぐさま行動に移せるのがこのチームの強みであり、絆である。

 翔という人物に圧倒的信頼を置いている証拠だ。


 翔が後方に跳び、華歩から距離を取る。


「頼む!」


 そうなれば、豪月ごうつき夢里ゆりのするべきことは決まっている。


「通さんぞ!」

「いかせない!」


 彼らはれい妖花あやか、サポート男子二人を止めるべく前に出る。


 翔が何をするかは分からない。

 だが何かを起こそうとしている事だけは読み取れた。


「なめられたもんだね」


「翔……」


「俺たちも前に出ますか」

「そうだな」


 当然、麗たちのチームは止めに来るだろう。

 豪月、夢里にとってはここが正念場だ。




 一方、凪風なぎかぜ大空そらの攻防は続く。


「くそっ!」


つばさ、そんなんじゃまだまだお父様を見返すことは出来ないわ!」


「!」


 キンッ! と凪風の小刀は弾かれ、大空の強烈なキックで吹き飛ばされる。


「ぐ……ハァ……ハァ」


 大空がさらにギアを上げたのだ。

 この二人の戦いにおいては、一向に凪風が巻き返す雰囲気がない。


 元々同じ系統の職業ジョブに、似通ったスタイル。単純な速さと火力で及ばない大空に、凪風は付いていけているだけでも大健闘だと言えるだろう。

 それほど両者の間には実力差がある。


「! 一旦はここまでね」


 大空は周りを見渡し、麗たちの方で何かが起きそうな気配を察知した。

 ここで今すぐケリをつけ、人数有利に持ち込むことは可能だが、大空はある思惑から凪風を見逃すつもりだ。

 

「……逃げるのかよ」 


 そんな大空の前に凪風は立ち上がり、彼女は足を止める。


「これ以上やっても無駄なだけよ」


「無駄なもんか! 僕はまだ負けてない!」


「……それでもわかってるでしょ。賢いあなたならこれ以上やっても無駄な事を」


「ふざけるな!」


「良い? これはチーム戦。あなたには頼れる仲間がいる。それとも彼らは利用しているだけの存在だったの?」


 大空は翔たちの方を指差す。

 彼らは今まさに勝つための策を実行しているところだ。


「そうじゃないなら、今自分に何が出来るかを考えなさい」


 それだけを言い残し、大空は凪風の前から去る。


 大空はこの試合に勝つだけではなく、家庭の事情から疎遠となり、因縁の目を向けられている凪風としっかりと向き合いたかった。

 さらには直接武器を交えることで、凪風に成長してほしいと考えている。

 

 だがそれも、熱くなり過ぎている今の凪風には届かない姉心だ。




 再び翔たちの戦場。

 華歩、豪月、夢里は翔の意思を汲み取ってそれぞれ動く。

 

「『上級魔法 豪火炎』」


 華歩が言われた通りに翔に向かって『魔法』を放つ。

 特大のものではなく、効率重視の中くらいの大きさの火の球だ。


(【ミリアド】……、おれはお前の可能性を信じた!)


 翔は【ミリアド】(剣)を上段に構え、華歩の『魔法』に対して正面から振るった。


「──!」


「えっ!」


 【ミリアド】が『魔法』とぶつかる。

 しかし、


「なんだよあれは!」


 戦いながらも様子を見ていた妖花が声を上げる。

 『魔法』を究める彼女にも見た事のない挙動をしているからだ。


「これは……!」


 これには翔自身も驚いていた。

 【ミリアド】で触れた瞬間、『魔法』を斬るでもなく弾くでもなく、形状変化時の黒いオーラで火の球を飲み込み始めた。

 

 今翔が持っているのは剣だったの部分のみ。

 刀身だった部分が華歩の『魔法』を包み、飲み込まんとしているのだ。

 そして、


「これが【ミリアド】の上の段階……!」


 やがて華歩の『魔法』を全て飲み込み、翔が手に持つのは進化した姿。


 柄の部分から出ているのは、炎で形作られた実体を持たない刀身。

 燃え盛る『魔法』が剣の形を成して【ミリアド】に宿った。

 

 つまり、柄から『魔法』の炎が噴き出しているような形だ。


「あれが、武器だと?」


 麗は自分ですら目にしたことのないタイプの武器に困惑するも、次の瞬間にはニヤリとした表情に変わった。

 あの武器を持った翔と対峙たいじしてみたい、そんな気持ちが抑えられないのだ。


「みんなありがとう」


 何も疑わずに信じてくれた仲間に礼を口にする翔。

 

「二人とも!」

「ようやくか」


 翔と華歩が再び戦線に復帰し、なんとか耐え凌いでいた豪月と夢里も安堵あんどの表情を見せる。彼らがいなければ【ミリアド】も進化することはなかった。

 そして、


「決着は着かなかったみたいだな」


「……手加減されたんだよ。でもこの五人なら勝てるさ」 


 大空と戦っていた凪風も合流する。

 

 翔以外は実力差から徐々に押されるが、段階を超えた【ミリアド】を手にした翔を筆頭にもう一度立ち上がる。

 未だ底を見せない麗たちとの総力戦が再び始まる──。

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