第70話 大阪ダンジョン街にて

 「では、こちらの方に手をかざしてください」


「はい」


 おれはお姉さんの指示通り、所定の書類に手をかざす。

 これはサイン、昔で言う印鑑みたいなものだ。まあ教科書で見ただけで、印鑑なんて実際に使ったことはないんだけど。


「はい、確かにこれで受付は完了いたしました。それでは明日より一週間、公欠となります。お気を付けていってらっしゃいませ」


「ありがとうございました」


 おれはお姉さんに会釈をして、「学生支援室」を後にする。


 ひょんなことから出会った産業科の大田おおだまつりさん。

 彼女におれ専用の武器をオーダーメイドしてもらうべく、向かうことになったのは大阪ダンジョンだ。


 すぐに素材を集めに行きたいとはいえ、学校はある。

 だが、やはりこの現代において国探はとても融通が利く。


 先生にその旨を相談したところ、なんとダンジョン関連ならば公欠が認められると言うのだ。しかし、当然のように勉強は遅れるのでしっかりしておけとのこと。


 それは良いとして、調べた情報とフィの記憶を照らし合わせたところ、大阪ダンジョンは鉱物に関する素材が多く採れるようだ。

 祭さんから初期素材のメモはもらってきたので、それを採りにおれは明日から一週間大阪ダンジョンに潜ることにしたのだった。





「かーくん、明日から大阪なんでしょ?」


「ああ。学校をずる休みして得してる気分だけど、その分鬼のように宿題が出てるからなあ。これだと休んでるのやら、休んでいないのやら……」


「ふふっ、そうだね」


 放課後。家近くのバス停留所から帰り道を華歩かほと歩く。


 今日は金曜日。

 週末ということもあり、華歩はダンジョンに行かなかったみたいだ。

 おれの見送りのため、とも言っていたが。


夢里ゆりちゃんやれいさんも寂しがってたよね」


「うーん、そうかな」


「そうだよ。わたしもやっぱり寂しいかな。でも応援してるから。帰ったら話、聞かせてよね」


「おう! 頑張ってくるよ」


 夕日に照らされた華歩の笑顔が眩しかった。







「おおー! これはまた随分と雰囲気が違うな」


 朝一から新幹線に乗り、ようやく着いたのは大阪ダンジョン街。

 おれは今日から一週間、ここで宿を借りて大阪ダンジョンに入り浸りだ。


 今日は土曜だが、いつもの同級生メンバーや麗さんは来週も学校があるため、一緒ではない。

 この現地でパーティーを募る選択肢もあったが、今回はとにかく素材集めがメインだ。一人の方が都合が良いだろう。


 それにしても……


「へい、らっしゃい! 【スパイシーオクトパス】のたこ焼きだよ!」


「こっちは【ブルピッグ】のお好み焼き!」


「【美味スライム】のタピオカジュースはいかがでしょうかー?」


 すごいな。

 聞いていた通り、いやそれ以上だ。


 大阪ダンジョン街名物、「魔物料理」。

 あんな怪物たちを料理して加えようなんて発想は、日本人にしかないのかもしれないな。


 一時期はここを真似して世界中で「魔物料理」が出されたらしいが、大阪ダンジョン街以外ではあまりに多くの食中毒や呪いが発生したため、今では許されるのはここ、大阪ダンジョン街の限られた店だけだそうだ。


 東京ダンジョン街はまさに王道をいく発展の仕方だが、ここはここで「食」というまた違った発展の仕方をしているのが面白い。


 まあ今はお腹も空いていないし、後で頂くとしよう(気は進まないが)。


「さて、とりあえず向かうべきは──いてっ。あ、すみません」


 歩き出そうとした瞬間、後ろから来た人と誰かとぶつかってしまう。


「いや、こっちこそ悪かった、──!」


「?」


 少し顔をじっと見られた気がした。


「いや、なんでもない。じゃ、また」


 肩がぶつかった少し小柄な男は、手を上げて仲間と合流して去って行った。

 それにしてもって言ったか? どういう意味だろう。


「まあ気にしても仕方ないか」 


 おれはそのまま、まずは階層を進めるべくダンジョンへと向かった。







 かけるがダンジョンへ潜り始めた頃、大阪ダンジョン街のある店にて。


「うーん! いつ食べてもうめえ! これが食べられない東京ダンジョンなんて、やっぱり行く意味ないわ!」


「いやいや、それは言い過ぎだろ」


「まじまじ! それだけ愛してるもん! ここの【トロイノシシ】の丸焼き!」


 男はいつものようにこの店でがっついている。


「そういえば、さっき肩がぶつかったのってあれだろ。例の天野あまのかける


 男は歯切れの良い所でその手を一旦止めた。


「みたいだな」


「実際見てどうだった?」


「……あれはダメだな。話にならん」


 男は残った骨をぽいっと放り投げる。


「やっぱりお前の相手になるのは清流せいりゅうれいくらいか?」


 男の隣に座る友達は聞く。


「はっ! そうだな。戦いたいのもあるが、俺は早くあの女に敗北を味わわせてやりたいんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る