第55話 現した真の姿

 かけるが飲んだボトルには【MP回復薬】と書かれている。それは文字通りMPを回復するものであり、数年前にやっと開発されたものの、複雑な生産過程と世界規模の寡占かせんが重なり、まだまだ世に出回っていないものである。


(ありがとう、ヒーリ先生)


 そんな需要を司る内の一人がヒーリ先生だ。一応国探の所属ではあるが、本業はあくまでダンジョン研究家。翔はある交換条件でヒーリ先生より試供品をもらっていたのだ。


「かーくん、わたしは何をすればいいの?」


 杖を構え、少し不安そうに翔の顔を覗き見る華歩かほ


「華歩は思いっきり得意の『魔法』を放ってくれ。ここでMPを使い切ってもいい。後はおれがなんとかする」


「わかった!」


 翔の言葉で目から不安が消え去った華歩は【アースガルド】に向き直る。最大火力となると、華歩にはあと一発撃てるかどうか程度のMPしか残っていない。

 それでも迷うことなく翔の言葉を信じ、一心に『魔法』を溜める。


(“魔法洗練種”、か……)


 華歩が『魔法』を溜める中で、冷静に今の状況とかつての記憶を重ね合わせる翔。フィの言葉を聞くまで気が付かなかったのは、翔自身この魔法洗練種に出会った回数がそれほど多くないからである。


(どうしてこんなところにいるのかは一旦後回しだ。おれがするべきは……)


 考えがまとまったのか、翔はダンジョン内では久方振りに構えた手から『魔法』を発する。


 華歩が力を溜めながらちらっと翔の方を向く中で、翔が前に構える右手に灯ったのは、華歩のものよりもさらにあかく、明らかに強いエネルギーを持った火の球。

 ぼうっ、と小さな火の球が灯ったかと思えば、一瞬にして華歩の全力より数段大きな火の球が翔の前に現れる。


(やっぱり、まだこれだけの大きさしか出せないか。最近ようやく使えるようになったけど、今まではまさか熟練度を上げ過ぎてMPが足りなかったとはな)


「華歩、いけるか?」


「! う、うん!」


 翔の火の球に目を奪われそうになるも、【アースガルド】に向き直る華歩。


「放て!」」


「「『上級魔法 豪火炎』!」」


 翔の掛け声で二人同時に『魔法』を放つ。

 前衛で時間を稼ぐ豪月ごうつき凪風なぎかぜはすでに退避済みだ。


「えっ?」


 華歩は目の前で起きている事象が理解出来ず、言葉を漏らす。華歩が放った火の球は、翔が放ったより大きな火の球に飲み込まれ、巨大化する。


──グオオオオ!!


 それは、左膝を立てている上半身だけの【アースガルド】ならば優に超える大きさだ。二人の『魔法』が合わさった火の球はそのまま直撃。


 だが、火の球はいつものように爆発することはなく、【アースガルド】をも融合させていく。そのまま火の球は程なくして体全体を包み込んだ。さらに、周りから徐々に体そのものを消滅させながら、少しずつ中心へと小さくなっていく。


「何が……起きているの?」


 夢里ゆりもスコープから目を離し、自分の目で行く末を確かめる。


──グ、オ、オ……


 やがて体全体を飲み込んで小さくなった火の球は、宙に浮く【アースガルド】の核だけを残し、核の周りで燃え続ける。

 ただ威力が強いだけではない。何百、何千と『魔法』を扱ってきた翔だからこそ、“核だけを残す”という芸当が出来るのだ。今となっては華歩の『魔法』の威力もかなりのものではあるが、“熟練度”という意味では翔にはまだまだ及ばない。


「フィ、てくれ」


「わかったわ!」


 宙から地上へとゆっくり降りてくる核に駆け寄る翔とフィ。他の四人は何が起こったのかまるで理解出来ていない。


「まったく、参るよ……本当に」


 自身の成長を実感し、翔とも肩を並べられると思っていた凪風は、ため息混じりに嘆く。だが、彼の目は真っ直ぐに翔を見ている。嘆くと同時に、超えたいと思う壁がさらに高かったことに対して気持ちを高ぶらせている。


 燃え盛る核に手を近付け、感知能力を最大に働かせるフィ。


「視えるか?」


 翔の問いにフィは目をつむったまま、手の前に灯す光を隣に立つ翔の肘あたりにちょん、と当てる。


「こんな感じよ。……出来る?」


「分からない。けど、おれがやるしかない」


 フィが翔に当てた光は感知能力から得ただ。今からこの情報に合わせ、あらわになった核を魔法でさせる。


 これが“魔法洗練種”と呼ばれる希少種が姿を現すために必要な条件なのだ。それは通常の魔物とは違い、『魔法』を絶妙な力加減で当てることで強い反応を示す。


 翔とフィは【水精霊王・ウンディーネ】が“魔法洗練種”であった覚えもなければ、こんな階層に出るはずもないとは思っている。だが、今は一心に取り掛かるのみ。


(いつもは、得意なシンファにやってもらっていたな)


 翔はフィから得た情報の光から施すべき『魔法』を考える。


(……これが良さそうだな)


「フィ、ここまでありがとう。後は戻ってくれ」


「うん。帰るまでしっかり気を付けて」


 翔はフィが活動していることで自身のMPが消費されていくため、フィに戻るよう伝える。


「ふう」


 一息つき、目の前の核にすっと手を向ける翔。


『中級魔法 大渦』


 本来は広範囲に水の渦を発生させ、敵に身動きを取れなくさせる『魔法』だが、今回は核を渦で覆い、反応を探る。


「──ッ!」


 弱すぎず、強すぎず。反応を示すほど力を込めた上で、核を壊すことのないように力加減を調整しなければならない。これは翔自身行ったことがないため、<ステータス>という異世界になかったものにも配慮しながら、慎重に『魔法』を灯す。


 鼓動のような、胎動のような反応を示す度、茶色の核は段々と水色へと変化していく。複数回の鼓動の後、ついに核の全てが水色へと変わり、鼓動が激しくなる。


「成功……か?」


 ピシ、ピシと卵が割れるように核が割れていく。


「! ──まずい! 全員退避だ!」


 翔は興味本位で核へと近付いて来ていた他の四人に声を上げる。次の瞬間、


──キュゥゥゥン!


 全体的に水色の体を持ち、人魚のように下半身が鱗で出来た魔物が、海中から跳ねる様な行動で姿を現す。

 【水精霊王・ウンディーネ】だ。


「間違いない、本物だ!」


「あれが!」


 翔が確信し周りに伝えることで、全員が目の前の魔物を【ウンディーネ】であると認識する。


──キュ、ギュァッ!


「!?」


 【ウンディーネ】は翔へ向かって、目から青黒い光線のようなものを発した。距離が離れていたため避けることが出来たが、一歩でも遅ければ焼かれていたかもしれない。


(様子が……おかしい)


──ギュァァァァ!


 前に討伐した時とは全く様子の違う【ウンディーネ】に異変を感じる翔であった。

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