私はにいさまの妹ですよ⑨


「いいですかにいさま。人の思考は不可逆です。一度考えてしまったことを打ち消すことは出来ません。

「な、何の話だ」

「何の話かって、そんなことはにいさまもとっくに分かっているのでしょう?」


 分からない。

 分かりたくない。

 分かってしまったら、だって――――。


「ですからもう遅いのですよ、にいさま。あのテキストファイルを開いてしまった時点で……いえ、それよりもずっと前から、恐怖の侵蝕は始まっているのです」

「恐怖の、侵蝕……」

「ほら、もうすぐそこに」


 妹が何かを指し示すようにそう言った――そのとき。

 開いたままのパソコン画面が黒く明滅を始めた。

 それだけではない。

 黒い画面の内側からは、ずるずると黒い水のような何かがあふれてきていた。

 画面から染み出した黒い水は、そのまま机を伝ってぼたぼたと床に落ちてくる。


「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――っ……!」






 黒い水のようなものは容赦なく僕の足元にも降り注ぐ。

 ずるずる。べちゃっ。ぼたっ。ぶちゃっ。

 ずりゅっ、ぞろろろろろろっ。ぐちゃっ。ぬちゃり。

 ずろろっ、ずずずずずずずっ。ぼちゅっ。

 ずずるるる、ずちゃっ。

 べちゃっ。ずるるるるるるるるっるるっ。

 べとっ。ぶちゅっ。


 得体の知れない何かが僕の周囲を這って広がっていく。

 気づけば、僕の部屋は上も下も暗黒に染まりつつあった。

 助けを呼ぼうにも、この家には僕たちの他に人はいない。

 僕はせめて外部の誰かに連絡を取ろうと、混乱した頭で机の上のスマホに手を伸ばした。

 しかしその手が触れる直前。



 ルルルルルルッ。



 示し合わせたようなタイミングでスマホが鳴りだした。





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