怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った⑬


「そんなに気になるなら、いままであの家に直接行ってみたりはしなかったの? 僕は引っ越してくる以前の事情はよく知らないけど、取材だとか自由研究だとか何か理由をつけて頼み込めば、中を少し見せてもらうくらい出来そうなものじゃないか」

「それは私も考えたけど……」

「けど?」

「けど、ダメだった。あのお屋敷の前までは自分でも何度も行ってみたよ? でも、いつも門は閉まったままだったし、家の人には誰にも会えなかった」

「誰にも……?」


 どういうことだろう。

 何か話がおかしい。


「地元の人の中には、肝試しとか言って塀をよじ登って無理に入っていくような人もいるみたいだけどね」

「そんな奴いるのかよ」


 他人の家だぞ。

 立派な不法侵入じゃないか。


「地元で有名な心霊スポットでもあるからね。いくら怪談屋敷のことが知りたいからって、さすがにそこまでは出来ないでしょ?」

「いやいや。そんな強引なことしなくたって、手紙なりなんなりでいくらでも連絡する手段はあるんじゃ……」

「それもダメ」

「どうして」

「怪談屋敷には手紙でも電話でも連絡しても意味がないもの」

「だからなんで」


 どうも話が合わないな。

 と思ったのだが、


「怪談屋敷はね――ここ十数年、まともに人の出入りがあった形跡がないの」

「えっ?」

「もっと言うと、

「は……?」





 誰も住んでいない?

 そんなはずはない。

 ならば、僕はどうしていまあの屋敷に住むことが出来ているんだ。

 あの屋敷にもともと住んでいた親戚に呼ばれたからじゃなかったのか。

 そうだ、妹も言っていた。あの屋敷は別に外の世界と隔絶しているわけではなく、たまに人の出入りもあるのだと。

 それなのに、あの屋敷に誰も住んでいなかった……?

 どういうことだ?

 住んでいないも何も、あの屋敷には住人がいる。

 僕の妹を自称する、あの少女が。

 あいつは僕が来る前からあそこにいた。

 誰も住んでいなかったのなら、あいつはいったい何者なのかということに……。

 ずきっ。


「……うっ」


 僕は思考を巡らせようとしたが、途端にずきりと鋭い痛みに襲われる。

 何か黒い靄がかかったように、意識が曖昧になる。

 いるはずの住人。

 いないはずの妹。


 ――にいさま。

 ――ねえ、にいさま。

 ――にいさま、私と怖い話をしましょう?


 声が聞こえる。

 駄目だ。

 あの屋敷のことを考えようとすると、何かが邪魔をする。

 何かってなんだ。

 あの屋敷にはいったい何が。

 ずきり。

 う、うう……。

 連続する痛みを覚えて、僕は自分の頭を押さえた。


「大丈夫? なんかつらそうだけど……」


 心配した志城ししろさんが僕を気遣う。





「へーきへーき。なんでもない……」

「ならいいけど……」

「そ、そんなことよりさ」

「うん? なに?」

「もっと教えてくれないかな、あの屋敷について知っていることを、なるべく全部」

「それはいいけど」

「頼むよ」


 今度は志城さんが戸惑い気味になる。

 本当のところ、そこまであの屋敷の噂に興味があるわけではなかった。

 学校の誰が噂をしていようと、僕の知ったことではない。

 しかし、いまは自分で何かを考えている精神的余裕がない。

 とにかく何か別のことで気を紛らわせたかった。

 それに、自分の住んでいる家のことで自分が知らないことがあるというのも落ち着かない。不安要素はなるべく減らしておいて損はないだろうと思った。


「それじゃあ……気分転換も兼ねて、学校の外に出て話そっか」


 志城さんはそう言って、にひひっと笑った。



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