怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った⑩
その後。
僕は
「ごめんね、強引に連れ出すようなことして」
「い、いや。全然大丈夫」
僕は平静を装って答えた。
中庭はカラフルなタイルが敷き詰められた広場だった。半分屋外で半分屋内といった造り。四方を校舎に囲まれてはいるが、中庭というだけあって少しだが花や樹木も植えられている。
開放的で落ち着いた空間。今日は天気のせいなのかどことなく薄暗い感じもするが、晴れていれば食事や昼寝をするのにもよさそうな静かなところだ。
新学期一日目の放課後。
中庭は僕たち以外には誰もいなかった。
僕と志城さんは中庭中央にあったベンチに腰を下ろした。
「まあ、だけどビックリはしたよ。帰ろうとしたら急に声をかけられるもんだから」
僕が言うと、志城さんは少々申し訳なさそうな顔をした。
「あっ。やっぱりちょっと迷惑だった、かな……?」
「全然迷惑とかじゃないよ。そこは気にしなくても大丈夫だから」
「ならいいんだけど……」
「確かに少し驚きはしたけど、それだけだよ」
「そんなに驚かせちゃった?」
「驚いたって言うか、新鮮だったって言うか……」
「新鮮?」
実際のところ、僕はいまの状況に今日一番の感動を覚えていた。何しろこの学校に来て初めて教師以外の人間と会話を交わしたのだ。
感無量である。
あの教室にいるクラスメイトたちは、じっと僕を凝視してくるだけで、とてもじゃないが会話が成り立つとは思えなかった。
今日、僕が会話した相手と言えば最初に会った担任教師くらいだ。この先、学校ではあの淡白な担任だけが僕のコミュニケーション相手になるのかと暗澹とした未来を思い描きかけていただけに、志城さんの登場は僕にとって暗闇を照らす一筋の光明に他ならなかったのだ。
「最初は僕のほうに問題があるのかとも思ったんだよ。何か知らないうちにみんなの気に障るようなことをしちゃったのかなって。でも、志城さんはこうして普通に話しかけてくれたわけだからね。本当にありがたいよ」
「そんな、私なんかに大げさだよ〜」
志城さんは照れくさそうに笑う。
さっき志城さんのことをごく普通だとか印象的なところはないだとか評してしまったが撤回しよう。
天使だ。
志城さんは僕の学園生活を導く天界からの使いだ。
神さま仏さま志城さま。
ありがたやありがたや。
あの教室では僕は完全に孤立しているかと思ったが、そうではなかった。
僕は孤独ではなかったんだ!
一度そのように意識すると、隣にいる志城るりという人間がものすごく特別な存在に思えてくる。普通だと思っていた志城さんの容姿も、よくよく見るとめちゃくちゃ美少女に見えてきた。
目立たずおとなしめな感じということは、控えめで清楚とも言い換えられる。
丸く大きな瞳もきらきら輝いて宝石のようだ。
状況だけを見れば、誰もいない中庭で女子と二人きりなわけだし。あるいは、このまま放課後デート的な方向になってしまう可能性もなきにしもあらずなのでは?
本来の問題はどこへやら、僕は心の中でどんどん勝手に舞い上がっていた。舞い上がり過ぎて肝心の自分の家の噂のことなどすっかり忘れ去ろうとしていた。
「いやぁさ、本当に助かったんだよ。僕自身、ちょっと自信を失くしそうになってたんだ。そうだよね、やっぱりあの教室の連中が特殊だったんだなって、ははは……」
そうだ。忘れてもいいじゃないか、あんな狭い教室の噂なんて。
学校というのは何も教室の中がすべてではない。
現に僕はこうして志城さんと教室の外で楽しくおしゃべり出来ているのだし。
ここからはどうにか会話を楽しい方向に持っていって、その後は――、
「そうかな? あなたが怪談屋敷の人だって聞いたら、うちのクラスの人じゃなくてもこの学校では誰でもだいたいあんな感じになるんじゃないかと思うよ?」
「ふえっ?」
……などと夢想した僕はやはりどこまでも浅薄だった。
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