1-下層部-

1

 上層階層を目指すとはいえ、先立つものがないのは少々困る。

 倉庫の中をエイトとあさり、たまたま見つけた大き目のナップサックに、食料とエイト用の替えパーツをこれでもかと詰め込む。

 ご飯は残念ながらびっくりするぐらいまずいが、無いよりましだ。腹が減って動けなくなるのは本末転倒である。


『一花、こんなものを見つけました』

「ナイフか」

 俺が飲料水以外はギャンブルに近い食料を集めていると、エイトはマニピュレータで何かを掴んで持ってきた。見れば、鞘に納まった大振りのナイフ。できれば戦闘は避けたいのだが、先のようにいきなりやってくる可能性もある。持つか持たないかなど考える間もなく、エイトからナイフを受け取った。それを腰のベルトに取り付ける。

 ずしりと感じる重みに、少しだけ複雑な気分になった。

『どうかしましたか?』

「うんにゃ」

 今後、ロボット以外も殺す事になるのだろうか、なんて考えただけだ。エイトの問いをはぐらかして、ナップサックを背負う。元の身体は平均的な中肉中背だったと記憶しているが、今の身体はでかくて力があるらしく、重そうな荷物もそこまで苦ではなかった。


 倉庫を出て、エイトが先導しはじめる。金属音を鳴らしながら歩いているが、薄暗い廊下は、どこまでも続いているような感覚さえあった。

「移動都市タカマガハラ……だっけ

 どのくらいの規模なの?」

『全長二キロ、全高三五メート四ル、全幅四百メートルの鋼鉄製の陸上移動都市となります

 半分ほどが移動機関と発電施設、残りがボットなどの整備、製造工場と食料製造工場、さらに余った場所が居住スペースとなります』

「はー、なるほど……」

 鋼鉄のビル群がそのまま移動していると考えると、とんでもない技術だ。維持するために半分以上をインフラに割いているというのは納得できる。そうでないと、この機体は維持できないだろう。

「制御はロボットがやっているのか?」

『肯定、イザナミと呼ばれるマザーコンピューターが、発電施設や移動機関などの制御を担っています

 細部の確認や指示は人が行っていたのですが……』

「どうした」

 何故かエイトの動きが止まる。首を傾げて奴のレンズをのぞき込むと、何故か不安そうに光が点滅している。

『いつから、このタカマガハラは動かなくなったのでしょうね』

「……」

 エイトが知っているのは、明日の希望に向けて動く移動都市の姿だったのだろう。だが、今のここは、死という静寂だけが支配している空間だ。こいつが動けなかった二十年の間に、マザーコンピューターとやらに何が起きたのか知る由もないが、未だに電気が生きている事を見るに最低限の施設は生きているのだろう。


「それを確かめにいくんだろ」

『そう、ですね』

 だったら、まだ希望はあるのかもしれない。

 エイトに声をかけると、平坦な男性の声で返答が返ってくる。ふよふよと再び動き出した球体を見て、ほうっとため息を吐いて再び歩き始めた。


「ちなみに、どういったシステムで動いているんだ」

 会話を切り替えるために、興味本位で目の前の球体に聞いてみる。反重力制御と言っていたのでなんとなく理解はしているが――エイトがきらりと輝いた気がした。

『よくぞ聞いてくれました。まずは規格ですが、当個体は小型にもかかわらず大規模な反重力制御に成功した最新鋭の機体となります。反重力制御装置は本来は大型機体の移動補助に使用するのですが、当個体はそれを小型化、移動のために使用し、時速は最大六十キロを実現しています。そして反重力制御装置というのは物体、物質の重力……引力を調節する装置で、そもそもの歴史は――』

「わーわー、もういいから!」

 まさかここまで饒舌になるとは思わなかった。

 正直話の半分も理解できず、俺が停止を申し出るまで、エイトは自身の機体について話し続けるのだった。


 教訓、エイトにエイト自身の機体性能を聞いてはいけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る