第15話

時は、マリアとフォスが会話を交わした30分後に遡る。


「マリア! 兄貴と話したって?!」


「イオス様、何故ご存知なのですか?」


「普段話もしねえ貴族が、何人も教えに来てくれたよ!」


貴族達は、娘や妻がマリアを絶賛していた事もあり、少しずつではあるがマリアに好意的になっていた。廊下で、慌てふためくイオスは人目を引くが、マリアに必死になる様子は、貴婦人には好意的に写っていた。


「あら、イオス様は人気者ですわね」


「兄貴になんもされなかったか?!」


「はい、良いお話を教えて下さいました」


「良い話だと?」

 

「イオス様、失礼致します」


現れたのは、宰相だった。


「なんだ?! 今は取り込み中だ!」


「そう仰らずに、大事な知らせです」


「ちっ! オレの部屋に来い!」


イオスが険しい顔でマリアと宰相を、部屋に連れて行ったとすぐに噂になった。フランツが探りを入れようとしたが、宰相は既に自分の味方だと疑わないフォスは、後で宰相に聞けば良いと笑った。


「これでこの部屋は安全だ」


「イオス、あの部屋使おう?」


「は?! あの部屋ってまさか……」


「宰相様、ううん、デュバル公爵は確実に味方だよ。あと1週間、ここでデュバル公爵が裏切ってたらどのみち終わり。私は、イオスと運命を共にする。どうせ、私だけ逃して最後まで国の為に働くつもりでしょう? イオスが死ぬなら、私も死ぬ」


「なんで……無理ならオレは城を出るって……」


「嘘つき。イオスは嘘吐く時いつも斜め下に目線がいくの。昔からよね。城を出入りして分かった。イオスが居なければどのみち1週間で国の運営は破綻する。イオスはそれを分かってて、放っておける訳ない」


「それは……」


「覚悟を決めるわよ。ここぞという時は相手にきちんと秘密を明かさないと。ここで偽ったままなら、どのみち皇帝になっても信頼は得られない」


「分かった。確かにその通りだ。デュバル、悪いがオレ達についてきてくれ。他言無用で頼む」


「御意」


そう言って、イオスは隠し通路を開いた。


「隠し通路……無いのではなかったのですか?」


「ああ、これは城の隠し通路じゃないんだ」


隠し部屋を見た宰相は、口をポカンと開けて固まっている。


「さぁ、紅茶を淹れましょう。イオスがわたくしの故郷の茶葉を手に入れてくれたの。もう故郷は無いけれど、このお茶を飲むと心が落ち着くのよ」


「マリア様……貴方様はまさか……」


「お久しぶりね、デュバル公爵。改めてご挨拶するわ。セーラ・アステリよ。今はマリアだけどね」


悪戯っぽく笑うセーラは、かつての面影を残していた。


「デュバル公爵、何故泣いている?」


「……セーラ様……良かった……本当に良かった……」


「デュバル公爵、落ち着いた?」


「はい……大変失礼致しました。それでこの部屋は?」


イオスは、デュバルに部屋の秘密、セーラが暗殺に来た事とその理由、フォスから隠して、この部屋で保護した事などを全て話した。ただし、イオスかミッドナイト商会の代表である事は伝えなかった。


これは、セーラと打ち合わせしていた通りだ。ミッドナイト商会の事だけは、絶対に誰にも明かさないと決めていた。


「この部屋は、街の外に出られるんだ。だからオレは、ミッドナイト商会でセーラの経歴を買った」


「なんと……あの商会は後ろ暗い事は引き受けてくれないのでは……?」


「ああ、だから代表の女性にだけは全ての事情を話してある。彼女も最初は受けてくれなかったが、独自に調べてくれて、オレの言葉を信じてくれた。兄貴が皇帝になれば商売がやりにくくなるからとな。ただし、今回きりにしろ。オレが皇帝になってもミッドナイト商会を贔屓するなと言われた」


「贔屓しろではなく、するな……ですか?」


「ああ、贔屓されるほど落ちぶれてないと笑われたよ」


「なるほど、ミッドナイト商会の代表は誇り高い女性のようですな」


「ええ、素晴らしい女性ですわ」


「セーラ様の立ち振る舞いも、ミッドナイト商会で習われたのですか?」


「いいえ、幼い頃から平民の立ち振る舞いを叩き込まれるの」


「……なんと!」


「うちは小さな国からだったから、極秘の視察もあるし、平民の事を知らなければ王族ではないって教えがあるの」


「そうだったのですね、全く気が付きませんでした」


「オレですら分からなかったからな。さすがセーラだ」


「ふふっ、フォス様も、フランツも気がつかなかったわ。フォス様はセーラに似てるが気品が足りないと、フランツには、無礼だ平民! って言われたわ。そうそう、フランツは、フォス様を次期皇帝って断言してたわよ」


「……それは既に、城の中で噂になっております。おかげで、イオス様は一気に有利になりました。特に、平民出身の貴族は全員イオス様を支持しています。フォス様は禁句を仰いましたので」


「禁句? 兄貴は何を言ったんだ?」


「「平民が、貴族になるなど烏滸がましい」」


セーラとデュバルが、声を揃えて言った。イオスは、そのような発言があり得るのかと驚いた。


「デュバル公爵、兄貴は歴史を知らないのか?」


「王家として、仕事をしなければ知り得ません。王子教育で習う事ではありませんので」

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